
「日本人の死因は戦後どう変わったのか」という問いには、4つの主要疾患の死亡率の推移を1枚の折れ線で重ねて見るのが近道です。山と谷が交差する4回の首位交代が、戦後78年の医療と高齢化の歩みを端的に映します。
厚生労働省の人口動態統計によると、2024年(令和6年)の日本人の死因第1位は悪性新生物(がん)で38万4,111人(死亡総数の23.9%、人口10万対319.3)でした。続いて第2位は心疾患22万6,388人(14.1%)、第3位は老衰20万6,887人(12.9%)、第4位は脳血管疾患10万2,821人(6.4%)です。戦後78年で日本人の死因は4回の首位交代を経て、結核から悪性新生物へと姿を変え、44年連続で同一疾患が第1位を占める現在の構図に到達しました。
本記事では、厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」(2025年9月16日公表)、第7表 死因順位の年次推移、国立がん研究センターのがん統計2025などの一次情報を、年次推移ライン・100%スタックエリア・47都道府県タイルマップ・粗死亡率vs年齢調整死亡率の対比など複数の図解で整理します。「結核の克服」「がんの台頭」「脳血管疾患の低下」「老衰の復権」という4つの構造変化を、戦後80年のスケールで観察していきます。
日本人の死因は戦後80年でどう変わったか?
結核から悪性新生物(がん)へ。4回の首位交代を経て44年連続で第1位。
本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・統計は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。
戦後78年の主要死因の変遷|4つの首位交代

78年の推移は、表ではなく折れ線で6疾患を重ねると、4つの首位交代が縦線で並びます。結核の急落、脳血管の山と谷、がんの右肩上がり、老衰の再上昇が、1枚の中で同時に観察できます。
戦後最初の死因順位第1位は結核でした。厚生労働省「第7表 死因順位の年次推移」によれば、1947年(昭和22年)の結核死亡数は14万6,241人(人口10万対187.2)と、当時の死亡総数の12.8%を占める突出した死因でした。しかし戦後の医療体制整備、結核予防法(1951年制定)、ストレプトマイシンの臨床導入などが重なり、結核死亡率は急速に低下します。1951年(昭和26年)には結核(10万対110.3)と脳血管疾患(同125.2)が逆転し、結核は第1位から第2位へと退きました。これが戦後最初の首位交代です。1955年には結核は第5位(10万対52.3)に、1960年代以降は10万対1桁まで低下し、2024年は1,462人(10万対1.2)にまで減少しました。
1951年から30年間、日本人の死因第1位は脳血管疾患(脳卒中)でした。脳血管疾患の死亡率は1965年(昭和40年)に10万対175.8、1970年(昭和45年)にも175.8でピークを記録します。当時の塩分過剰摂取、高血圧未治療、寒冷地での発症リスクなどが背景にありましたが、降圧剤の普及・食塩摂取量低下・脳卒中急性期医療の進展により、1970年代後半から低下に転じました。1981年(昭和56年)に悪性新生物(がん)が10万対142.0で脳血管疾患(同134.3)を抜き、第1位となります。これが2回目の首位交代であり、それから2024年まで44年連続でがんが第1位を維持しています。
3回目の首位交代は1985年(昭和60年)でした。心疾患(高血圧性を除く)が10万対117.3で脳血管疾患(同112.2)を抜き、第2位となります。心疾患は虚血性心疾患・不整脈・心不全を含む幅広い分類で、1995年に死亡診断書記載ルール改訂(「死亡の原因欄には心不全・呼吸不全等は書かない」)の影響で一時的に低下したものの、その後再び上昇し、2024年は22万6,388人(10万対188.2)です。そして4回目の首位交代が2018年(平成30年)。老衰が脳血管疾患を抜き第3位となり、それ以降6年連続で第3位を維持しています。2024年の老衰死亡数は20万6,887人(10万対172.0)と、調査開始以来の最多水準です。
死因構成比の推移|結核の消滅とがんの台頭、老衰の復権

構成比の積み上げ100%グラフは、各疾患の比率の遷移が一目で見えます。結核の帯が右肩で消え、がんの帯が中央に広がっていく姿が、戦後の医療と社会構造の変化をそのまま映しています。
死亡総数に占める各死因の構成比を見ると、戦後78年で日本人の死因構造が大きく入れ替わったことがわかります。1947年の構成比は結核12.8%、肺炎及び気管支炎12.0%、脳血管疾患9.4%、心疾患7.0%、悪性新生物(がん)5.4%でした。当時は感染症と循環器疾患がほぼ同程度の割合を占め、特定の疾患による死亡が突出している構造ではありません。1955年には結核の比率が6.7%へと半減し、入れ替わるように脳血管疾患が17.5%まで上昇しました。
1985年にはがんの構成比が20.4%となり、戦後の死因の中で初めて2割を超えました。1995年には28.5%、2005年には30.1%とピーク水準まで上昇し、その後はやや低下しつつも2024年は23.9%です。悪性新生物の構成比が3割前後で安定的に推移している期間は1990年代後半から30年に及び、これは戦後の死因構造の中で最も長期にわたる単一疾患の支配です。心疾患は1985年以降ほぼ14〜16%の範囲で推移し、現在も同水準を維持しています。
注目すべきは老衰の構成比の動きです。1947年は10.9%でしたが、戦後低下を続けて1995年には0.6%まで縮小しました。それが2001年以降、再び上昇に転じます。2015年には6.7%、2018年に脳血管疾患を抜いて第3位となり、2024年は12.9%と1947年水準を上回りました。1995年のICD-10適用により「精神病の記載のない老衰」へと分類定義が改訂された影響もありますが、長寿命化に伴う高齢者の自然死の増加が、現在の老衰の構成比上昇の中核です。
47都道府県のがん死亡率|壮年期死亡率は2倍超の地域差

全国平均だけでは見えない地域差は、47都道府県のタイル配置で並べると一望できます。色の濃淡が東北の高さと西日本〜首都圏の低さに沿って分布し、緯度より生活習慣の影響を映します。
がん(悪性新生物)による死亡率は、都道府県によって大きく異なります。国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計2023年)によれば、75歳未満人口10万人当たりのがん死亡率(男女計)は、最も高い青森県が191.9、最も低い東京都が95.7でした。最高と最低の差は約2.0倍に達し、同じ国内でありながら壮年期がん死亡の発生密度には大きな地域差があります。青森県は2004年以降19年連続で全国1位を継続している実績があり、構造的・継続的な格差として観察されています。
高死亡率の上位5県は青森(191.9)、秋田(181.1)、北海道(161.4)、岩手(160.1)、高知(150.1)。低死亡率の下位5県は東京(95.7)、滋賀(96.2)、長野(107.9)、愛知(107.0)、神奈川(107.9)でした。地理的な傾向として、東北地方の日本海側で胃がんの死亡率が高く、西日本で肝臓がんの死亡率が高いことは国立がん研究センターも明示しています。これらの地域差の背景には、塩分摂取量・喫煙率・肥満率・がん検診受診率・C型肝炎ウイルス感染率の地域差など、複数の生活習慣要因が関与すると示唆されています。
注意すべきは、この指標が「75歳未満」に限定された粗死亡率である点です。75歳以上の死亡を除外することで、壮年期のがん死亡を高い精度で評価する目的で用いられます。全年齢の粗死亡率(人口10万対)では青森426.9、東京243.3と差は約1.8倍ですが、これは高齢化率の差を含むため、医療政策の評価指標としては75歳未満年齢調整値が「がん対策推進基本計画」第4期(2023年3月)の最終アウトカム指標とされています。地域差は「治療成績」よりも、生活習慣・検診体制・社会経済要因を反映する指標です。
粗死亡率は上昇/年齢調整死亡率は減少|高齢化が見せる「見かけの増加」

粗死亡率と年齢調整死亡率を1枚で重ねると、同じ疾患が「増えた」「減った」と逆方向の答えを示すことが見えてきます。分母の年齢構成が違うだけで結論が反転する典型的な例です。
がん・心疾患・脳血管疾患の三大死因について、粗死亡率(全年齢の人口10万対の単純な死亡率)と75歳未満年齢調整死亡率(年齢構成の影響を除外した指標)を1990年から2024年まで並べてみると、両者は逆方向に動いていることがわかります。粗死亡率はがん(235.2→319.3)、心疾患(134.8→188.2)と上昇しているのに対し、75歳未満年齢調整死亡率はがん(92.4→69.6)、心疾患(30.0→11.5)と大幅に低下しています。同じ疾患でも、年齢構成の違いを除いて比較すると、戦後の日本では三大死因のすべてで死亡リスクが低下していることがわかります。
この差が生まれる理由は、日本社会の高齢化です。粗死亡率は分母に「全人口」、分子に「全死亡」を取るため、高齢者の人口比が増えれば自然に上昇します。一方、年齢調整死亡率は1985年(昭和60年)モデル人口を基準に各年齢階級の死亡率を再構成するため、年齢構成の変化に左右されません。国立がん研究センターによれば、国の75歳未満がん年齢調整死亡率は2005年92.4から2020年69.6へと、15年間で24.7%減少しました。これは「がん死亡数が増え続けている」というニュースの裏で、同時に進んでいる構造です。
「日本人のがん死亡数は過去最多を更新した」という報道と、「日本人のがん死亡リスクは長期的に低下している」というデータは、両方とも事実です。前者は粗死亡率(または死亡数)、後者は年齢調整死亡率に基づきます。指標の選び方しだいで結論が逆転する典型例で、医療統計を読む際には、分母と分子の取り方を確認することが、データの読み方の出発点になります。粗死亡率は社会全体への医療負担を、年齢調整死亡率は個人の死亡リスクを、それぞれ別の角度から映す指標です。
部位別がんの男女別推移|男性は肺、女性は大腸が首位

がん全体の数字だけでは見えない部位ごとの動きは、男女別に並べると違うピークが現れます。男性は肺がん、女性は大腸がんが現在のトップ。胃がんは男女ともに長期的な低下が続いています。
がん死亡を部位別に分解すると、男女で異なる軌跡が見えてきます。厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計の概況」表8によれば、男性のがん死亡で最も多いのは肺がんで5万2,330人(10万対89.5)、平成5年(1993年)以降第1位を維持しています。次いで大腸がん2万8,825人、胃がん2万4,719人、膵がん2万372人、肝がん1万5,133人の順です。一方、女性は大腸がんが2万5,588人(10万対41.4)で平成15年(2003年)以降第1位、次いで肺2万3,235人、膵2万862人、乳房1万5,869人、胃1万3,147人と続きます。
部位別の長期傾向を見ると、男女ともに胃がんは1985年以降一貫して低下しています。男性は3万146人(1985年)から2万4,719人(2024年)へ、女性は1万8,756人から1万3,147人へと、いずれも約2割減少しました。胃がんの低下にはピロリ菌除菌治療の普及、内視鏡検査の早期発見、塩分摂取量の低下が寄与しています。逆に膵がんは男女ともに増加が続き、男性は1985年5,953人から2024年2万372人と約3.4倍に、女性は4,488人から2万862人と約4.6倍に増えました。膵がんは早期発見が困難で5年相対生存率が10%台と低いため、死亡数の増加が直接表れる構造です。
男性の肺がんは1985年2万837人から2005年4万5,189人まで急増した後、2015年5万3,211人をピークにわずかに低下し、2024年は5万2,330人で横ばい局面です。喫煙率の長期低下が反映されつつあると考えられます。女性は乳がんが1985年4,922人から2024年1万5,869人と約3.2倍に、大腸がんが8,926人から2万5,588人と約2.9倍に増加しました。乳がんは検診受診と治療成績の向上で5年相対生存率は90%を超えますが、罹患数の増加が死亡数の増加につながっています。男女のがん死亡パターンの違いは、生活習慣・職業曝露・ホルモン要因など複数の要素を反映する指標です。
老衰の復権と肺炎の急変|2018年第3位交代と2017年ICD-10改訂

老衰と肺炎は、戦後日本の死因の中でも独特の形で動いてきた2疾患です。1947年の高水準から低下した両者が、2000年代以降は反対方向に動き始めました。2017年の制度改訂が肺炎の数値に大きな段差を作っています。
老衰の死亡率は、戦後の日本で最も劇的に動いた指標の一つです。1947年(昭和22年)は10万対80前後と高水準にありましたが、戦後の医療進歩で「死因として老衰と書かない」運用が広がり、1995年には10万対14.0まで低下しました。1995年(平成7年)のICD-10適用により「精神病の記載のない老衰」へと分類定義が明確化されたことも一因です。しかし2001年以降、老衰の死亡率は反転して上昇に転じました。2015年に10万対67.7、2018年に脳血管疾患を抜いて第3位となり、2024年は172.0と1947年水準を上回りました。死亡数では20万6,887人で、構成比12.9%も調査開始以来の最多水準です。
老衰の上昇には、長寿命化に伴う高齢者の自然死の増加に加え、医師による死亡診断の運用変化が関連しています。2017年(平成29年)には日本老年医学会が「老衰」の死因記載に関する考え方を提示し、超高齢者の自然な死亡経過を「老衰」と記載する流れが広がりました。背景には、高齢者の死亡を「肺炎」「心不全」など個別疾患名で記載することへの疑問、家族が望むみとり医療への配慮など複数の要因があります。老衰は「医学的疾患の不在」を意味する分類で、近年の上昇は超高齢社会における死の概念の変化を映しています。
肺炎は1947年に10万対174.8(第2位)と高水準にありましたが、抗生物質の普及で1980年には33.7まで低下しました。その後、高齢者人口の増加で1990年代から再び上昇し、2010年に94.1、2011年には脳血管疾患を抜いて第3位となります。しかし2017年(平成29年)にICD-10(2013年版)の原死因選択ルール明確化が適用され、肺炎の死亡数は急速に低下しました。これは「誤嚥性肺炎」「老衰」など他の死因が選択される頻度が高まった結果で、2017年の肺炎10万対80.0から2018年76.2へと一気に低下しています。2024年は66.6(第5位)です。誤嚥性肺炎は2024年6万3,667人(10万対52.9・第6位)として独立に集計されており、両者を合わせると依然として高い水準にあります。
楓のまとめ|戦後80年の死因構造は3つの観察事実で要約できる

ここまでの推移と地域差を一通り並べると、戦後80年の日本人の死因構造は3つの観察事実に整理できます。感染症の克服、慢性疾患への移行、そして高齢化に伴う老衰の復権です。
「日本人の死因は戦後どう変わったか」という問いに対して、本記事で並べた図解は、戦後78年で4回の首位交代を経て、結核から悪性新生物(がん)へと中心軸が移ったことを示してきました。指標の選び方・期間の取り方・年齢構成の調整方法、それぞれが違う物語を語ります。データそのものに優劣をつけるのではなく、見え方の違いを観察事実として整理しておきます。
3つの観察事実を重ねて読むと、戦後80年の日本人の死因構造は、感染症から慢性疾患へ、そして超高齢社会の自然死へと、社会と医療の構造変化を映してきたことがわかります。結核の克服、がんの長期支配、老衰の復権という3つの構造変化が、戦後の日本における人の死の景色を作り変えてきたと整理できます。「日本人の死因はどう変わったか」への答えは、どの指標を、どの期間で、どのスケールで見ているかで変わる、という観察事実そのものが、現在の死因構造を最もよく映しています。
よくある質問(FAQ)

死因のグラフを読むときは、年齢構成の調整・分類定義の改訂・記載運用の3点をセットで確認してください。同じ疾患でも、この3点の違いだけで読み取れる物語が変わります。
Q1. なぜ1947年の結核は10万対187.2もあったのですか?
戦後直後の日本では、栄養状態の悪化、住環境の密集、医療体制の不備が重なり、結核の感染拡大が極限に達していました。1947年の結核死亡数は14万6,241人で、当時の死亡総数の12.8%を占めています。1951年(昭和26年)に結核予防法が制定され、ストレプトマイシンなど抗結核薬の臨床導入、BCG予防接種の普及、住環境改善などが重なり、結核死亡率は急速に低下しました。1955年に第5位(10万対52.3)、1960年代以降は10万対1桁まで縮小し、2024年は1,462人(10万対1.2)です。「結核の克服」は戦後日本の医療と公衆衛生の最大の成果のひとつとして、データに記録されています。
Q2. 「粗死亡率」と「年齢調整死亡率」はどう使い分けるのですか?
粗死亡率は「全人口に対する死亡数の比率」で、社会全体の医療負担や死亡数の絶対値を映します。年齢調整死亡率は「人口構成の年齢分布を一定の基準(昭和60年モデル人口など)に揃えて再計算した死亡率」で、個人の死亡リスクや時代間・地域間の比較に使います。日本のように高齢化が進む社会では、両者の方向が逆になることがあります。たとえばがんの粗死亡率は1990年から2024年で約1.8倍に増えていますが、75歳未満年齢調整死亡率は同期間で約3割低下しました。「がん死亡数は過去最多」は粗死亡率を、「がん死亡リスクは長期低下」は年齢調整死亡率を、それぞれ前提とする情報です。
Q3. 今後、死因順位上位に新しい疾患が食い込む可能性はありますか?
短期的には認知症関連疾患(アルツハイマー病・血管性認知症)の上昇が注目されます。2024年確定値ではアルツハイマー病が10位(2万5,595人・10万対21.3)、血管性等の認知症は11位(2万4,666人)でした。両者を合計すると約5万人で、第7位の不慮の事故(4万5,743人)を上回ります。日本の超高齢化と認知症患者の増加、死亡診断における認知症記載の運用変化を考えると、認知症関連疾患は今後10年で順位を上げる可能性があります。一方、悪性新生物の第1位の地位は、当面の間揺らぐ可能性が低いと見られます。それは、がんの罹患数が高齢人口の増加とともに増え続けているためで、年齢調整死亡率が低下していても、絶対数は増加し続ける構造です。
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