
「治安は悪化したのか」という問いには、推移チャートと体感アンケートの折れ線を並べて見比べるのが近道です。客観の長期推移と体感の短期推移を1枚に重ねると、ふだん見えにくい乖離の正体がはっきりと浮かびます。
「日本の治安は悪化した」という体感が広がる一方で、客観データは長期的に大幅な改善を示してきました。警察庁の犯罪統計によれば、刑法犯認知件数は2002年のピーク285万件から2025年の77万件へと、23年で約7割の減少です。一方、警察庁の「治安に関するアンケート調査」では「ここ10年で治安が悪くなった」と答えた人の割合が2025年に79.7%と過去最悪を更新し、4年連続で上昇しました。客観データの大幅改善と、体感治安の過去最悪更新が同時並行で進んでいるのが、いまの日本の治安をめぐる構造です。
本記事では、警察庁の令和7年(2025年)犯罪情勢、令和7年版警察白書、警察庁の治安に関するアンケート調査などの一次情報を、推移チャート・体感アンケート折れ線・47都道府県タイルマップ・報道接触vs実体験バーといった複数の図解で整理します。長期トレンドと短期トレンドの両方を別の角度から重ねることで、客観と体感の乖離がどこから生まれているのかを観察していきます。
日本の治安は実際に悪化したのか?
客観データは改善継続。ただし体感は過去最悪を更新。
本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・制度・サービス内容は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。

30年スパンの治安史は数値の羅列ではなく、節目を縦タイムラインで並べると時代の流れが浮かびます。1995年の社会的衝撃から2025年の体感治安過去最高悪化まで、出来事と数値を一筆書きで追っていきます。
日本の治安をめぐる主要な節目|30年で見える時代の流れ
客観データの推移と体感治安の変化を読み解く前に、まず1995年から2025年までの主要な節目を縦タイムラインで整理します。「いつ何が起きたか」を時代の流れに沿って俯瞰することで、後続の章で扱う認知件数の数値変動や体感治安アンケートの結果が、どの社会的文脈に位置づけられるかが見えてきます。
1995年から2025年までの30年を一筆書きで眺めると、客観データ(認知件数)と体感治安(アンケート)が必ずしも同じ方向に動いていないことが見えてきます。2002年のピークから2021年の戦後最少までは「客観の改善が続いた20年」、そして2022年以降は「客観の戻り+体感の悪化が同時に進む数年」という構造です。次の章から、この30年の客観データを23年スパンで定量的に追っていきます。
客観データで見る「治安推移」|2002年から2025年への23年

23年の推移は、表ではなく縦棒の推移チャートで見ると、ピーク・底・現在地の3点が一目で並びます。山を描いて谷に降り、また少し戻り始めた波形が見えてきます。
客観データから見ると、日本の刑法犯認知件数は2002年(平成14年)の約285万件をピークに、長期的な減少局面に入りました。警察庁の犯罪統計によれば、ピーク翌年の2003年には約279万件、2004年には約257万件と段階的に減り続け、2014年(平成26年)には約121万件と、ピークから12年でほぼ半減しています。わずか12年で4割超の指標が消えるという減少幅は、社会指標全体の中でも稀な水準です。
2010年代後半に入ると減少ペースはさらに進み、新型コロナウイルスの流行が始まる前年の2019年(令和元年)には約74.9万件まで縮みました。コロナ禍の2020年・2021年は外出自粛と接触機会の減少が重なり、2021年(令和3年)には約56.8万件と、戦後最少を記録します。ピーク2002年と比べると、認知件数は約5分の1の水準まで縮小したことになります。
2022年以降は転換点を迎えます。コロナ禍の収束とともに認知件数は再び増加に転じ、2022年は約60.1万件、2023年は約70.3万件、2024年は約73.8万件と上昇しました。そして2025年(令和7年)は約77.4万件と、コロナ前の2019年水準(約74.9万件)を約3.4%上回り、4年連続で増加しています。底からの戻りはコロナ前を超える局面に入りましたが、ピーク2002年と比べれば依然として約7割減の水準にあります。客観データだけを並べてみると、日本の治安は「23年で大幅改善・3年で底からの戻り」という二重の動きを同時に抱えていることがわかります。
戦後最少からの4年連続増|2025年がコロナ前を超えた意味

4年連続増の中身は、各年の前年比を横棒で並べると粒度が見えてきます。最初の戻りが大きく、そのあと幅が縮んで、それでも止まらずに続いている形です。
2021年に戦後最少の約56.8万件を記録した認知件数は、翌2022年から増加に転じます。前年比の動きを見ると、2022年は約+5.8%、2023年は約+17.0%、2024年は約+4.9%、2025年も約+4.9%と、4年連続で前年を上回りました。最も伸び幅が大きかったのは2023年で、コロナ禍で抑制されていた人の流れと商業活動が広範に再開したタイミングと重なります。2024年・2025年は伸びが落ち着いたものの増加自体は止まらず、底からの戻り局面が予想以上に長く続いている形です。
注目すべきは2025年(令和7年)の位置づけです。認知件数は約77.4万件まで増え、新型コロナ流行直前の2019年水準(約74.9万件)を約3.4%上回りました。「コロナ反動の戻り」という文脈であれば、2019年水準で止まることが自然ですが、現実には2019年の水準を超えて上昇しています。2025年がコロナ前を上回ったことは、認知件数の増加がコロナ禍からの一時的な戻りでは説明しきれない局面に入ったことを示しています。
もっとも、ピーク2002年の約285万件と比べれば、2025年の約77.4万件は依然として4分の1強の水準にとどまります。「23年スパンの大幅減少」と「3年スパンの底からの戻り」は、見る期間の取り方で結論が逆転する典型的な例です。短期で見れば増加局面、長期で見れば歴史的な低水準。同じ認知件数のグラフを、どの期間に視線を合わせるかで、まったく異なる物語が読み取れます。
体感治安はなぜ過去最悪を更新するのか|4年連続悪化の構造

体感治安は単年の数字より、年ごとの折れ線で見ると角度が分かります。4本の点が上方向にのみ並ぶ形は、通常のアンケート結果ではあまり見ない動きです。
客観データの大幅減少と対照的に、体感治安は悪化の一途をたどっています。警察庁が実施する「治安に関するアンケート調査」によれば、「ここ10年で日本の治安は悪くなったと思う」と回答した人の割合は、2022年(令和4年)の67.1%から、2023年は71.9%、2024年は76.6%、そして2025年(令和7年)は79.7%と、4年連続で上昇しました。同アンケートで「悪くなった」が4年続けて前年を上回り、しかも年ごとに加速して過去最悪を更新したのは、これまでにない展開です。同期間に客観データの認知件数も増加に転じてはいますが、増加率は前年比5%前後の鈍化局面で、体感の悪化ペースとは噛み合っていません。
悪化判断の根拠は何か|報道接触と実体験の非対称
「悪くなった」と答えた人に、その判断根拠を尋ねた設問(複数回答)の結果は、体感悪化の構造を端的に示しています。最も多かったのは「テレビ・新聞などの報道で犯罪事件をよく見る」で76.4%、次いで「想起した犯罪としてオレオレ詐欺等の特殊詐欺」が72.0%、「インターネットニュースで犯罪事件をよく見る」が61.1%でした。これに対し、「自分や家族が犯罪被害にあったことがある」と答えた人は14.2%にとどまります。体感治安の悪化判断は、自分の身の回りの直接経験よりも、報道やインターネットを通じた情報接触によって形成されていることが、この比率の差からはっきりと読み取れます。
報道接触76.4%と実体験14.2%の差は約5.4倍です。仮に犯罪報道が増えても、自分や家族が被害にあう確率は短期間でそれほど大きく動かないのが普通ですが、報道に触れる頻度は事件の取り上げ方しだいで急速に変化します。客観データの認知件数が4年で底からの戻り局面に入ったタイミングで、特殊詐欺やSNS型投資詐欺の被害額が過去最多を更新し続けたことも、報道側の関心を引き続ける構造として効いています。体感治安の悪化は、犯罪そのものの増加ペースではなく、犯罪に関する情報がどれだけ視界に入るかによって主導されている、と見るのが自然です。
増加の中身を分解する|知能犯・風俗犯の急増と窃盗犯の戻り

罪種別の戻り具合は、コロナ前(2019年)比の横棒で並べると、5つの帯の長さがそれぞれ異なる方向を指しているのが見えてきます。プラス側に大きく振れる種類と、まだマイナスにとどまる種類が同居しています。
2025年(令和7年)の認知件数を包括罪種別に分解すると、増加の中身がどこに偏っているかが見えてきます。コロナ前の2019年(令和元年)と比べた変化率は、風俗犯が+132.0%(20,204件)で最大、次いで知能犯が+115.0%(77,473件)と、いずれも倍増以上の規模で膨らみました。凶悪犯も+54.8%(7,287件)と大きく拡大しています。一方、認知件数の主役である窃盗犯は513,931件で、依然としてコロナ前の水準を3.5%下回ったままです。粗暴犯は+9.0%(61,850件)でほぼコロナ前並みの水準まで戻りました。
件数全体は底からの戻り局面に入っていますが、その動きは罪種ごとに大きく違っています。増加の主役は件数の多い窃盗犯ではなく、知能犯と風俗犯であり、認知件数全体に占める各罪種の構成比そのものが入れ替わりつつあります。窃盗犯は2024年から2025年にかけて前年比+2.5%と微増にとどまり、「件数の最大ボリュームゾーンが戻りきれない一方、件数の周辺で倍増している領域がある」という非対称な戻り方をしています。次の見出しでは、増加の中核を担う知能犯(特に詐欺)の被害額の動きを見ていきます。
詐欺被害額の急増|特殊詐欺・SNS型投資詐欺の爆発

詐欺の被害は、件数ではなく被害額の3層スタックで見ると規模が伝わります。年ごとに塔が高くなり、最上段の色が広がっていく形です。
知能犯の急増は、件数だけでなく被害額の側でより劇的な形をとっています。2025年(令和7年)の財産犯被害額の総額は4,984億円で、前年比+23.9%と大幅に増加しました。このうち詐欺による被害額は4,029億円(前年比+31.1%)で、財産犯被害額の8割以上を占めます。さらにその内訳を見ると、特殊詐欺は1,414億円で前年比+96.7%とほぼ倍増し、過去最多を更新しました。SNS型投資詐欺・ロマンス詐欺は合わせて1,827億円で、前年比+43.6%で同じく過去最多です。2025年は特殊詐欺とSNS型投資・ロマンス詐欺が同時に過去最多を更新するという、被害額の側で異例の年になりました。
件数で見る犯罪と被害額で見る犯罪は、別の物差しで動いています。認知件数の総数は2002年比で約7割減と歴史的低水準にあるにもかかわらず、財産犯の被害額はピーク時に近い水準まで膨らんでいます。これは、街頭で起きる窃盗や暴行のように現場で完結する犯罪が減る一方で、通信や金融を介して被害が一度に大きく動く犯罪が拡大しているためです。件数の減少と被害額の急増が同時に進む構造変化が、いまの財産犯の中核にあります。次の見出しでは、こうした動きが47都道府県でどのように偏って表れているかを見ていきます。

トクリュウの広がりは件数の総和ではなく、罪種別の増加率を横棒で並べると構造変化が浮かびます。薬物事犯の倍増が他罪種から飛び抜けており、特殊詐欺を超える勢いで拡張しているのが見えます。
トクリュウ台頭の構造|匿名・流動型犯罪グループの広がり
2025年(令和7年)の犯罪情勢を語るうえで、警察庁が「トクリュウ」と呼ぶ匿名・流動型犯罪グループの存在は外せません。トクリュウは固定的な組織を持たず、SNSで「高額バイト」「日給◯万円」といった言葉で実行犯を募集し、指示役・架け子・受け子・出し子といった役割を分業して犯行を行う流動的な集団です。指示役と実行犯が一度も顔を合わせないまま犯行が完結する点で、従来の暴力団型組織とは異なる構造をしています。
2024年8月以降、関東地方で相次いだ広域強盗事件は、SNSで募集された実行犯が高齢者宅などを襲撃する手口で、被害者を拘束し暴行を加える凶悪性から国民の体感治安に大きな影響を与えました。警察庁は同年10月に警視庁を中心とする合同捜査本部を設置し、実行犯のほとんどを検挙したうえで指示役・首謀者の摘発に向けて捜査を続けています。
令和7年中に検挙されたトクリュウによるとみられる主な資金獲得犯罪の検挙人員は合計6,679人で、令和6年の5,203人から28.4%増加しました。罪種別の内訳を見ると、最も伸びが大きかったのは薬物事犯で、917人から1,887人へと倍以上の増加(+105.8%)です。詐欺は2,655人から3,075人へ15.8%増、風営適正化法違反は292人から393人へ34.6%増、窃盗は991人から1,020人へ2.9%増となりました。一方、強盗のみは348人から304人へ12.6%減と前年割れですが、これは令和6年に関東地方で多発した連続強盗事件の検挙が一巡した影響と見られます。
注目すべきは、トクリュウが詐欺・薬物・窃盗・風俗関連まで横断的に広がっている点です。特に薬物事犯の倍増は、SNSを介した「売人」の募集や暗号資産による決済が広がっていることを示唆しており、犯罪組織が「特定の専門集団」から「マルチに資金獲得を行う流動的なネットワーク」へと変質していることを示しています。被害額の急増(h2⑤)と、検挙人員の増加(このh2)は、同じトクリュウという母体から派生した別側面の現象と捉えることができます。
都道府県別に見る|人口千人当たり認知件数の地域差

47都道府県の地域差は、横棒や表よりタイルマップで見ると地理的な偏りが浮かびます。色の濃いタイルがどの地方に集まっているかが、ひと目で確認できます。
2025年(令和7年)の都道府県別認知件数は本記事執筆時点ではまだ公表されていないため、ここでは2024年(令和6年)確定値を使い、人口千人当たり刑法犯認知件数で47都道府県の地域差を見ます。警察庁オープンデータと総務省の人口推計(2024年10月1日現在)を組み合わせて算出すると、全国平均は5.96件/千人でした。最も多いのは大阪府の9.30件/千人で、次いで群馬県7.80、茨城県7.47、福岡県7.27、埼玉県7.05と続きます。一方、最も少ないのは秋田県2.83、岩手県2.85、山形県3.00、大分県3.17、長崎県3.19の順でした。人口千人当たり認知件数では、最高の大阪府と最低の秋田県の間に約3.3倍の地域差があります。
分布を地方別に整理すると、上位5県のうち4県が首都圏や近畿圏の人口集中地域で、地方都市の中核を抱える福岡県も含まれます。下位5県は東北地方と九州西部に集中しており、人口密度が比較的低い地域での発生率が抑えられている形です。タイルマップで見ると、認知件数の地域差は治安政策の優劣というより、人口集中・繁華街の規模・通行人の多さといった人口動態の構造に強く対応していることが視覚的にもわかります。同じ「治安が悪化したか」という問いも、自分が住む県の千人当たり件数がどの位置にあるかで体感の起点が変わってきます。
楓のまとめ|客観と体感の乖離は情報接触の構造が作っている

ここまでの推移と地域差を一通り並べると、客観と体感の乖離が情報接触の構造から生まれていることが、図解の対比で確認できます。3つの観察事実に整理してみます。
「日本の治安は悪化したか」という問いに対して、本記事で並べた図解は、客観データと体感アンケートが別々の方向に動いていることを示してきました。期間の取り方・指標の選び方・情報の届き方、それぞれが違う物語を語ります。データそのものに優劣をつけるのではなく、見え方の違いを観察事実として整理しておきます。
3つの観察事実を重ねて読むと、いまの「治安が悪化した」という体感は、犯罪そのものの増加ペース以上に、報道される犯罪と被害額の劇的な動きによって主導されている形が浮かびます。客観データの大幅減少と体感の過去最悪更新が同時に進む乖離は、犯罪統計のねじれと情報接触の構造が重なって生まれている現象として整理できます。「日本の治安は悪化したか」への答えは、どの指標を、どの期間で、どの情報経路から見ているかで変わる、という観察事実そのものが、いまの治安をめぐる景色を最もよく映しています。
よくある質問(FAQ)

治安のグラフを読むときは、期間の取り方・指標の選び方・情報の届き方の3点をセットで確認してください。同じデータでも、この3点が変わるだけで読み取れる物語が変わります。
Q1. なぜ客観データと体感がこれほどズレるのですか?
体感治安は、犯罪の発生件数よりも、報道で目にする犯罪の量や記憶に残った事件のイメージによって形成されているためです。警察庁の「治安に関するアンケート調査」(2025)では、「悪くなった」と答えた人の判断根拠で、報道接触が76.4%、インターネットニュースが61.1%に達した一方、「自分や家族が犯罪被害にあった」は14.2%にとどまりました。報道に触れる頻度は事件の取り上げ方しだいで急速に変わるため、実際の発生ペースと体感のあいだには時差や乖離が生じやすい構造があります。
Q2. 千人当たり認知件数が高い県は「治安が悪い」といえますか?
単純に治安の優劣を表す指標とは限りません。2024年確定値で最も多いのは大阪府9.30件/千人、最も少ないのは秋田県2.83件/千人ですが、上位県の多くは大都市圏で、繁華街の規模・通行人の総量・夜間人口など、認知件数が発生しやすい条件が多く含まれます。下位は人口密度が比較的低い地方が多く、発生機会自体が少ない傾向です。「治安政策の優劣」より「人口動態と都市構造」を反映する指標と理解する方が、データの読み方として近くなります。
Q3. 2025年の認知件数がコロナ前を超えたのは、本当に「治安悪化」なのですか?
同じ数字でも、短期で見るか長期で見るかで結論が変わります。2025年の認知件数は約77.4万件で、コロナ前の2019年水準(約74.9万件)を約3.4%上回り、4年連続で増加しています。短期的には底からの戻りを超えた局面に入ったといえます。一方、ピーク2002年の約285万件と比べると約7割減で、長期的にはなお歴史的低水準です。「3年スパンの上昇」と「23年スパンの大幅減少」の両方が同時に成立している、というのが客観データから見える状態です。

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