
「クマによる人身被害はどれくらい増えたのか」という問いには、被害人数の長期推移と都道府県別の地域差を並べて見比べるのが近道です。客観の長期推移と地域差を1枚に重ねると、ふだん見えにくい構造の輪郭がはっきりと浮かびます。
「クマの人身被害が深刻化している」という報道が増えていますが、実際にどの程度のペースで被害は拡大したのでしょうか。環境省の速報値によれば、人身被害人数は2008年度(H20)の55人から2025年度(R07)の238人へと、18年で約4.3倍に増加し、死亡者数も3人から13人で過去最多を更新しました。出没件数は4年で約4倍の49,916件、許可捕獲数は14,429頭で統計開始以来の最多です。人身被害・出没件数・許可捕獲数・分布拡大の4指標が同時に過去最多を記録したのが、2025年度(R07)のクマをめぐる現状です。
本記事では、環境省「クマ類による人身被害について [速報値]」、同「クマ類の出没情報」「クマ類の捕獲数(許可捕獲)」、生物多様性センターの「中大型哺乳類分布調査」など、一次情報を中心に、被害推移チャート・月別比較線図・47都道府県タイルマップ・許可捕獲推移・政策タイムライン・地方別分布拡大率の6つの図解を重ねて整理します。18年連続統計と戦後80年の制度史の両方を別の角度から並べることで、被害急増の構造を観察していきます。
日本のクマ人身被害は、戦後どれだけ深刻になったのか?
18年で被害は約4.3倍、出没件数は4年で4倍に拡大した。
本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・制度・サービス内容は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。
人身被害は55人から238人へ|2008年度から2025年度への18年連続統計

18年の推移は、件数と人数の並列棒・死亡者の折れ線を重ねて見ると、起点・最多・直近の3点が一目で並びます。2010年と2019年の山を越えて、2025年でさらにその上を更新した波形が見えてきます。
環境省「クマ類による人身被害について [速報値]」によれば、クマ類による人身被害は2008年度(平成20年度)の55人を起点として、18年間の連続統計が整備されています。統計開始時の2008年度は被害件数52件・人数55人・死亡3人で、当時は「人身被害は年間50〜60人前後で推移する」と理解されていました。2010年度には大量出没年として被害人数150人を記録しましたが、その後の数年は再び100人前後の水準に戻り、長期的にはやや増加傾向を保ちつつ、年ごとに振れ幅の大きい推移が続いてきました。
2020年代に入ると振れ幅が大きく上方にシフトします。2019年度(R01)が156人、2020年度(R02)が158人、2023年度(R05)が219人(旧最多)と段階的に被害規模が拡大しました。そして2025年度(R07)は被害件数216件・人数238人・死亡13人と、件数・人数・死亡のすべてで統計開始以来の最多を更新しました。2008年度の55人と比べると、18年で約4.3倍の水準です。
死亡者数の推移を見ると、統計開始の2008年度は3人で、2010年度・2014年度・2016年度・2021年度に4人を記録した年もありましたが、年間死亡者が10人を超えた年は2025年度(R07)が初めてです。被害件数の増加幅と比較しても、死亡者数の伸び(3→13人で約4.3倍)は同じペースで進行しており、被害の重篤化が単年の偶発ではなく構造的な変化として現れています。R07年度のデータは2026年4月7日時点の速報値で、最終確定値は今後の集計修正で若干変動する可能性があります。
出没件数は4年で約4倍|R07年10月の15,950件は単月過去最多

出没件数は年度合計よりも月別推移で並べると、ピークの位置と山の高さが直感的にわかります。5年分の月別線を重ねると、2025年度の10月だけが突き抜けた形になっています。
環境省「クマ類の出没情報について [速報値]」によれば、クマ類の出没件数は2021年度(R03)の12,743件から、2022年度(R04)16,396件、2023年度(R05)24,348件、2024年度(R06)18,026件、2025年度(R07)49,916件と推移しています。R03年度と比較すると、わずか4年で約3.9倍に拡大しました。出没件数の集計は2021年度から月別の速報値で連続整備されており、年度内の季節パターンを比較しやすい構造になっています。
R07年度の月別内訳を見ると、9月6,800件・10月15,950件・11月7,000件と秋に集中しており、特に10月の15,950件はクマ類出没情報の月別統計開始以来の最多値です。R07年10月だけで、R03年度(2021年度)の年間出没件数12,743件を上回るという、1か月で1年分を超える異常水準の集中が起きています。
出没件数の急増要因として環境省・自治体の発表で指摘されているのは、主に堅果類(ブナ・ミズナラ等)の凶作、人里と山林の境界域における耕作放棄地の拡大、クマの分布域拡大・人慣れの進行などです。R07年度はとりわけブナ科堅果類の凶作が東北・北陸を中心に同時発生し、餌資源を求めて市街地周辺まで出没する個体が増えたとされています。出没件数と人身被害は強い相関を示しており、出没件数のピーク(R07年10月)と人身被害のピーク(同10月以降)は時期的にも重なります。
被害は東北6県に集中|47都道府県タイルマップで見るR07年度の地域差

全国の地域差は表ではなく、47都道府県タイルマップで色の濃淡を見ると一目で輪郭が浮かびます。色が濃い県と灰色の県の境目に、クマの生息域の構造が現れています。
R07年度の人身被害人数238人を都道府県別に見ると、上位5県は秋田67人・岩手40人・福島24人・新潟17人・長野16人で、これら5県だけで全国合計238人の約69%(164人)を占めます。東北6県(秋田・岩手・福島・山形・宮城・青森)の合計は158人で、全国の約66%です。「日本全国で被害が増えた」のではなく、クマ生息域である本州中央〜東北を中心に集中して発生したのがR07年度の地域構造です。
灰色タイルで表示された24県(茨城・埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪・奈良・和歌山・鳥取・岡山・山口・徳島・香川・愛媛・高知・福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄)は、R07年度に人身被害が発生していない都道府県です。これらの多くはクマ類(ヒグマ・ツキノワグマ)の主要な生息域から外れており、九州ではツキノワグマは1957年以降の生息確認がありません(後述の地方別分布拡大率の図解で詳述)。沖縄にはもともとクマ類は分布しません。被害発生の地理的分布は、クマの生息域そのものとほぼ一致しています。
上位5県と下位5県を比較すると、被害密度の格差は明確です。最多の秋田県67人に対して、被害発生のある県の中で最少(1人)は三重・滋賀・島根・広島・静岡の5県で、上位と下位で67倍の差があります。秋田県の人身被害67人は、東北6県内でも飛び抜けた水準で、県境を越える広域対策の必要性を示唆します。R07年度の被害集中の地理パターンは、生息密度の地域差と、餌資源(堅果類)凶作の地域同時性が重なった結果として読めます。
許可捕獲数は18年で約7倍|R07年度14,429頭は統計開始以来の最多

捕獲数の推移は、ヒグマとツキノワグマを分けて並べると、それぞれの拡大幅が見えてきます。ツキノワグマ側の伸びがとりわけ大きく、R07年度の12,380頭は、これまでの水準を大きく塗り替える数値です。
環境省「クマ類の捕獲数(許可捕獲)速報値」によれば、クマ類の許可捕獲数はH20年度(2008年度)に合計1,492頭(ヒグマ355頭+ツキノワグマ1,137頭)でしたが、R07年度(2025年度)には14,429頭(ヒグマ2,049頭+ツキノワグマ12,380頭)と、18年で約9.7倍に拡大しています。許可捕獲数は、被害防止や個体数管理を目的として自治体が許可を出した上で行われる捕獲の合計であり、有害駆除と被害対策の前線指標として読めます。
種別の推移を見ると、ヒグマは355頭から2,049頭で約5.8倍、ツキノワグマは1,137頭から12,380頭で約10.9倍となり、ツキノワグマの拡大ペースの方が大きい構造です。R07年度のツキノワグマ捕獲12,380頭は、ツキノワグマ単独で見ても統計開始以来の最多値であり、被害件数・出没件数・捕獲数の3指標がすべてR07年度に同時最多更新した形になっています。
捕獲数の急増は、人身被害の急増と並行して進んでいます。人身被害が55人→238人で4.3倍(18年)、許可捕獲が1,492頭→14,429頭で9.7倍(18年)と、捕獲側の伸びがやや上回るペースです。これは、出没件数の増加に対応して自治体が許可捕獲枠を拡大していること、2024年4月の指定管理鳥獣指定により広域での捕獲体制が整備されたことが背景にあると考えられます。捕獲数の拡大が今後の個体数管理にどう作用するかは、令和8年度以降の被害動向と並べてはじめて見えてくる構造です。
戦後80年の政策タイムライン|春グマ駆除から緊急銃猟制度まで

1960年代の駆除政策から2025年の緊急銃猟制度まで、戦後の制度を時系列で並べると、保護と管理のバランスがどう変化してきたか、転換点の位置がわかります。
クマ類の人身被害をめぐる政策史は、1966年に北海道で開始された春グマ駆除制度を最初の節目として、1990年の同制度廃止までの「駆除中心の時代」、1990年〜2014年の「保護政策と個体数回復の時代」、2014年以降の「個体数管理を明示する時代」、そして2024年以降の「広域対策と緊急対応の時代」の4つの段階に整理できます。1966年から1990年までの春グマ駆除制度は、冬眠明けのヒグマを集中的に捕獲する制度で、個体数の急減を招いた結果、1990年に廃止されました。
1990年以降は、ヒグマ・ツキノワグマとも個体数の回復が進み、分布域も徐々に拡大しました。2014年の鳥獣保護法改正により、法律名が「鳥獣の保護及び管理に関する法律」(鳥獣保護管理法)に変更され、個体数管理が制度的に明示されました。2004年・2006年は大量出没年として記録に残る年で、当時の被害人数はそれぞれ145名(環境省過去資料)と、現在の年平均を上回る水準でした。これらの年は、現在の連続統計の起点である2008年度より前の出来事であり、本記事の長期推移の比較対象には含めていません。
2020年代の政策強化は3つの転換点で構成されます。2024年4月にクマ類が指定管理鳥獣に指定され、広域連携による個体数管理が制度化されました。2025年9月には緊急銃猟制度が施行され、市街地に出没したクマに対する自治体判断での銃猟が可能になったことが、戦後80年の政策史で最大規模の転換点となっています。同年10月には関係閣僚会議が初開催され、人身被害対応が国の課題として正式に位置づけられました。
分布域は40年で約2倍|中国地方は15年で2.7倍に拡大

分布域の変化は、地方別の拡大率を横棒で並べると、どの地方で生息域が広がり、どの地方で縮小したかが対比できます。中国地方の伸びと、四国・九州の対極の動きが構造を表しています。
環境省 生物多様性センターの「中大型哺乳類分布調査」によれば、クマ類(ヒグマ・ツキノワグマ)の生息分布域は、1978年から2018年までの40年間で約2倍に拡大しました。同調査はおよそ15年に1度の頻度で5kmメッシュ単位で生息確認を集計しており、最新の調査結果はH30(2018年)時点のものです。地方別の拡大率(H15→H30の15年間・H15時点を100)を見ると、地域ごとに対極の動きが現れています。
拡大ペースの最も大きいのは中国地方で、H15→H30の15年間で約270%(2.7倍)まで生息メッシュ数が拡大しました。次いで近畿169%、東北134%、中部127%、関東126%と、いずれもH15時点を上回っています。北海道はヒグマの生息域として129%で、ツキノワグマ分布の本州と並ぶ拡大ペースです。分布拡大の地理は、被害集中の地理(東北6県)と一致するわけではなく、生息域が広がりつつある県と、すでに広く生息する県が並んでいるのが、近年の構造です。
対照的に、四国地方はH15時点を下回る約88%まで縮小し、徳島・高知の山岳地に局所的に生息するツキノワグマは絶滅危惧種として保護対象に指定されています。九州地方では、ツキノワグマは1957年(昭和32年)の大分県祖母山系での捕獲を最後に生息確認されておらず、九州個体群は事実上絶滅したとされています。日本全体としてはクマの分布域が拡大していますが、地方単位で見ると拡大と縮小が同時並行する二極化の構造があり、人身被害の急増と「クマの個体数増加」を一律に結びつけにくい事情があります。
楓のまとめ|被害急増は出没・捕獲・分布の3指標が同時拡大した結果

ここまでの推移と地域差を一通り並べると、人身被害の急増が単一の要因ではなく、複数指標の同時拡大として整理できることが、図解の対比で確認できます。3つの観察事実に整理してみます。
「クマの人身被害はどれだけ深刻になったか」という問いに対して、本記事で並べた図解は、人身被害だけでなく出没・捕獲・分布の指標が同時に動いていることを示してきました。期間の取り方・地域の見方・指標の組み合わせ、それぞれが違う物語を語ります。データそのものに優劣をつけるのではなく、見え方の違いを観察事実として整理しておきます。
3つの観察事実を重ねて読むと、いまの「クマ被害が深刻化している」という認識は、年間死亡13人という単一の数値以上に、人身被害・出没件数・許可捕獲・分布の4指標が同時に過去最多を更新したことで主導されている形が浮かびます。18年で人身被害4.3倍・4年で出没件数4倍・18年で許可捕獲9.7倍・40年で分布2倍という4つの倍率は、それぞれ別の動きだが、R07年度に同時収束した現象として整理できます。「クマ人身被害はどれくらい増えたか」への答えは、被害人数だけでなく、どの指標を、どの期間で、どの地域単位で見るかで重み付けが変わる、という観察事実そのものが、いまのクマをめぐる景色を最もよく映しています。
よくある質問(FAQ)

クマの被害グラフを読むときは、統計の起点・地域単位・指標の組み合わせの3点をセットで確認してください。同じ「過去最多」でも、この3点が変わるだけで読み取れる物語が変わります。
Q1. クマによる人身被害は、ハチや他の野生生物と比べて多いのですか?
厚生労働省の人口動態統計によれば、日本国内の野生生物による死亡者数(外因死)は、ハチ類による死亡が年間20人前後、毒蛇(マムシ・ヤマカガシ)が年間数人、クマ類が年間1〜13人で推移してきました。年間死亡者の絶対数ではハチの方が多いという統計が長年続いてきましたが、2025年度はクマによる死亡が13人(速報値)と急増し、ハチによる死亡者数の年間水準に接近しています。負傷者数を含む人身被害件数で比較すると、クマ類の被害規模は他の野生生物と比べて突出して大きく、R07年度の238人は他種を大きく上回ります。
Q2. 戦後すぐの被害データはなぜ少ないのですか?
クマ類による人身被害の連続的な月別統計が環境省単一系列として整備されたのは、2008年度(H20)以降です。それ以前については、自治体個別の記録や警察統計など分散した情報源が中心で、全国を統一基準で集計した連続データはほぼ存在しません。1990年の春グマ駆除制度廃止以前は、北海道で重点的にヒグマ駆除データが管理されていましたが、ツキノワグマの全国データは断片的でした。2004年・2006年は大量出没年として被害人数約145名と当時記録されていますが、これは現行の速報値統計とは集計方法が異なり、本記事の長期推移の連続データとは直接接続できません。
Q3. 2025年9月に施行された緊急銃猟制度とは何ですか?
緊急銃猟制度は、2025年(令和7年)9月に施行された鳥獣保護管理法の改正により導入された新しい仕組みで、市街地や住宅地に出没したクマに対して、自治体(市町村)の判断で速やかに銃猟を実施できる枠組みです。従来は、銃猟は原則として鳥獣保護区外・狩猟期間内に限られ、市街地での発砲は道路交通法や建築物近接の制限により実質的に困難でした。緊急銃猟制度では、人身被害の切迫した危険があると自治体が判断した場合に、要件を満たす条件下で銃猟による緊急対応が可能になります。2025年10月の関係閣僚会議で運用の標準化が議論されており、各自治体の対応マニュアル整備が進んでいる段階です。
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