
信号機のない横断歩道で歩行者が渡ろうとしているとき、どれくらいの車が止まるか。この問いには、47都道府県の停止率と人口10万人当たり交通事故死亡率を散布図とタイルマップに並べて見比べるのが近道です。停止行動と結果指標が、必ずしも同じ方向には動いていないことが浮かびます。
「横断歩道で止まる車の割合」は、JAFが毎年全国調査を行ってきた指標です。2025年の全国平均は56.7%で過去最高を記録しました。最も停止率が高かったのは長野県で88.2%(10年連続首位)、最も低かったのは山口県で34.3%、両者の差は53.9ポイントに及びます。一方で、令和6年(2024年)の交通事故死者数は2,663人、うち歩行中は937人で、過去10年で約36%減少しました。本記事では2つのデータを47都道府県の同じ軸で並べ、停止行動と事故結果の関係を観察します。
使用するデータはJAFの「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査」(2025年10月30日公表)と、警察庁の「令和6年における交通事故の発生状況について」(2025年2月27日公表)、そして総務省「人口推計」(令和5年10月1日現在)の3点です。停止率の散布図・10年並列推移・47都道府県タイルマップ・歩行中死者の事故類型ドーナツなど、複数の図解で観察事実を整理していきます。
横断歩道で歩行者がいるとき、停止する車の割合は都道府県でどれほど違うのか。
2025年の停止率は1位の長野県88.2%と47位の山口県34.3%で、53.9ポイントの差。
差53.9ポイント(停止する車の割合が約2.6倍)
本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・制度・サービス内容は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。
47都道府県で見る停止率×死亡率|相関係数r=+0.01のほぼ無相関

まずは47都道府県を1枚の散布図に並べて、横軸に停止率(JAF 2025年)、縦軸に人口10万人当たり交通事故死亡率(令和6年)を取ってみます。停止率の高低と死亡率の高低は、ひとつの折れ線では結びつきにくいことが、点の散らばり方から見えてきます。
47点の分布を見ると、左下と右上が同時に空いているわけではなく、停止率が高い長野県(88.2%・2.87人)と、低い山口県(34.3%・3.99人)が並んで右側上部にも見えてくる構造になっています。ピアソンの相関係数はr = +0.01で、両指標は数理的にほぼ無相関でした。「停止率が高い県では交通事故死亡率が低い」という単純な仮説は、47都道府県データの上では成立していないというのが観察事実です。
内訳を見ると、人口10万人当たり死亡率が最も低いのは東京都の1.03人、次いで神奈川県1.18人・大阪府1.45人と都市圏が並びます。一方、最大は徳島県4.82人で、愛媛県4.08人・山口県3.99人と続きます。停止率と死亡率は別の軸の現象であり、死亡率は人口密度・道路構造・高齢化率など別の要因にも左右されるため、停止率の単一指標で説明することはできません。本記事では両指標の差を「事実として並べる」までを目的とし、因果関係には踏み込みません。
10年スケールの長期改善|停止率は約7倍、歩行中死者は約36%減

47都道府県の散布図では相関は薄く見えました。しかし時間軸を10年に広げると、停止率と歩行中死者数は、同じ方向に動いてきたことが見て取れます。停止率を朱色の実線、歩行中死者数を紺の破線で並列に描き、視覚的に重ねてみます。
停止率全国平均は2016年に7.6%でしたが、2019年に17.1%、2022年に39.8%、そして2025年に56.7%まで上昇しました。10年で約7倍の改善幅です。並行して、警察庁の統計によると歩行中死者数は平成26年(2014年)の1,459人から令和6年(2024年)の937人まで、10年で約36%減少しました。両者は同じ方向に動いてきたといえますが、停止率は調査全国94か所・6,226台の標本から算出される実態調査値で、歩行中死者数は事故発生の結果指標です。観察事実としては同方向の動きですが、因果関係の方向や寄与度をデータから直接読み取ることはできません。
特に2019年12月の改正道路交通法施行(運転中の携帯電話等使用に係る罰則強化)以降、停止率は毎年5〜10ポイント上昇を続けています。歩行中死者数も令和元年の1,141人から令和2年の970人まで一気に減少し、その後はほぼ横ばいです。法令改正・教育キャンペーン・自動車安全装備の普及など複数の要因が同時に進行している期間であり、ひとつの指標で全体を説明することはできない構造になっています。
47都道府県タイルマップ|停止率の地理的分布

47都道府県の停止率を地図上に並べると、長野県の単独高位や、東日本/西日本の地域パターンの濃淡が見えてきます。タイル色は停止率の5階調で、深朱が75%以上、淡朱が65〜75%、ベージュが55〜65%、淡青が45〜55%、深紺が45%未満を示します。
深朱(75%以上)に塗られたのは長野県・岐阜県・福岡県・熊本県・宮崎県・福島県の6県で、長野県88.2%を最高に、いずれも上位帯に位置します。淡朱(65〜75%)には石川県・滋賀県・栃木県・愛媛県・兵庫県・神奈川県・岩手県・静岡県など中部・四国・関東の一部が並びます。中位帯のベージュ(55〜65%)は新潟県・群馬県・島根県など、淡青(45〜55%)には埼玉県・千葉県・徳島県など、深紺(45%未満)には山口県・大阪府・福井県・沖縄県・北海道・大分県・和歌山県・茨城県・東京都が分類されました。
地理的に見ると、深朱は西日本に偏在する一方、深紺は東京・大阪のような大都市圏と山口・大分など九州・中国の一部に散らばっています。「東日本と西日本で停止率が違う」という単純なパターンには整理しきれず、長野県のような内陸県や東北・北陸の一部県と、首都圏・関西圏の停止率に差が出ている構造です。タイルマップはあくまで一時点(2025年)の分布であり、各都道府県の調査台数は平均約132台と少ないため、年次変動を含んだ短期スナップショットとして読む必要があります。
上位・下位・改善上位|長野10年連続首位と富山+29.3pt急上昇

2025年の上位5県・下位5県を整理すると、上位は長野県88.2%・岐阜県78.0%・福岡県77.7%・熊本県77.4%・宮崎県76.5%。下位は山口県34.3%・大阪府35.5%・福井県35.8%・沖縄県36.9%・北海道38.1%です。前年比で大きく改善した県も別の物語を見せています。
長野県は2016年の調査開始以来10年連続で全国1位を維持しています。2025年も88.2%で2位の岐阜県78.0%に10ポイント以上の差をつけており、特異な高位の安定性が観察されます。下位帯では、山口県が34.3%で47位、次いで大阪府・福井県・沖縄県・北海道・大分県と続きます。下位帯の県は前年からの変動も大きく、たとえば富山県は2024年に31.6%で47位の下位帯に位置していましたが、2025年は60.9%まで29.3ポイント上昇し、改善幅が全国最大となりました。
改善上位5県を見ると、富山県+29.3pt、鹿児島県+13.6pt、高知県+12.6pt、佐賀県+10.6pt、兵庫県・岩手県の+10.1ptと、いずれも10ポイント以上の急上昇でした。JAF調査は各都道府県2か所・1か所50回横断で行われ、各県の調査台数は約132台と少ないため、こうした単年の急変動には標本サイズに起因する変動も含まれます。一方で富山県警は2022年から横断歩道での歩行者保護を重点取締項目に位置付けてきたほか、佐賀県も「横断歩道マナーアップ運動」を県警・JAF・佐賀県共催で2024年から本格化させており、行政・教育の取組と数値の動きが時期的に重なっています。複数年の継続調査で安定性を確認することが、今後の観察課題として残ります。
歩行中死者の事故類型|65歳以上は横断中73.4%・65歳未満は43.2%

歩行中死者の事故類型を年齢層別に分解すると、横断歩道との関わり方が大きく変わることがわかります。65歳以上は横断中が73.4%を占め、65歳未満では43.2%にとどまる一方、65歳未満では「路上横臥」の構成率が23.3%まで上がります。
警察庁の令和6年データによると、歩行中死者937人のうち65歳以上は650人で全体の約7割を占めます。65歳以上では「横断歩道横断中」が25.4%・「横断歩道以外横断中」が48.0%、両者を合わせた「横断中」が73.4%に達しました。一方、65歳未満287人では「横断中」は43.2%(横断歩道横断中17.4%・横断歩道以外横断中25.8%)にとどまり、代わりに「路上横臥」が23.3%を占めるという、年齢層によって事故類型構成が大きく異なる構造が確認されます。
夜間構成率も対照的です。歩行中死者の夜間構成率は65歳以上70.2%、65歳未満89.6%で、いずれも夜間が多いものの、65歳未満は夜間の構成率がより高くなります。さらに65歳未満の夜間死者の75.0%に飲酒があったと記録されており、年齢層による事故類型・時間帯・飲酒の関係が明確に分かれます。「歩行中死者を減らす」という目標に対しては、年齢層別の事故類型構成を踏まえた政策設計が観察対象となります。
停止率10年推移|2019年罰則強化以降の上昇幅拡大

停止率全国平均の10年推移を縦棒グラフで並べると、2019年の改正道路交通法施行を境に、上昇幅が明らかに拡大しています。2016年7.6%・2025年56.7%で約7倍の改善ですが、2019年→2020年(+4.2pt)、2020年→2021年(+9.3pt)、2024年→2025年(+3.7pt)と年ごとの動きにムラがあります。
2016年に7.6%だった全国平均は、2017年8.5%・2018年8.6%とほぼ横ばいでしたが、2019年に17.1%へ約2倍に跳ね、その後は毎年上昇を続けています。2020年21.3%(+4.2pt)、2021年30.6%(+9.3pt)、2022年39.8%(+9.2pt)、2023年45.1%(+5.3pt)、2024年53.0%(+7.9pt)、2025年56.7%(+3.7pt)と、年により上昇幅は3〜10ポイントの幅があります。
2019年12月の改正道路交通法施行(運転中の携帯電話等使用に係る罰則強化)と、その後の交通安全教育の浸透、自動車安全装備(衝突被害軽減ブレーキ・後方視認支援システム)の普及が同時並行で進んだ期間です。「ながら運転」への罰則強化が直接的に停止率を引き上げたかどうかをデータだけから断定することはできませんが、施行前後で停止率の動き方が明確に変化したことは観察事実として残ります。今後の課題は、56.7%という現在地から100%へ近づけていくうえで、上位5県と下位5県の差を生んでいる構造的要因を分解していく作業になります。
楓のまとめ|停止率と事故結果は別の現象として観察される

ここまで6つの図解で、停止率・人口10万人当たり死亡率・歩行中死者の事故類型・10年推移を並べてきました。停止行動と事故結果が、47都道府県の同じ軸でほぼ無相関だったという観察事実を、3点に整理してみます。
「横断歩道で止まる車の割合」と「人口10万人当たり交通事故死亡率」は、47都道府県データの上ではほぼ独立に動いていました。期間の取り方・指標の選び方・地理的分布のいずれを軸に並べても、両者は単一の因果関係では結びつきません。データそのものに優劣をつけるのではなく、見え方の違いを観察事実として整理しておきます。
3つの観察事実を重ねて読むと、「横断歩道で止まる車を増やせば交通事故死亡率が下がる」という直感的な仮説は、47都道府県データの上では支持されにくいことが見えてきます。停止率は運転行動の指標として独自の意味を持ち、死亡率は事故発生・救急体制・道路構造など複合的な要因の結果指標として別の動きをしている、というのが本記事で確認できた観察事実です。今後の課題は、両指標を分けて議論する語彙の整備と、停止率の上位・下位を分けている構造的要因の継続観察となります。
よくある質問(FAQ)

横断歩道の停止率と交通事故死亡率の関係を読むときは、調査の標本サイズ・指標の独立性・年齢層別の事故類型の3点をセットで確認してください。同じデータでも、この3点が変わるだけで読み取れる物語が変わります。
Q1. 停止率1位の長野県では交通事故死亡率も低いのですか?
そうとは限りません。長野県の2025年停止率は88.2%で全国1位ですが、令和6年の人口10万人当たり交通事故死亡率は2.87人で、全国平均2.15人を上回り、上位帯(死亡率が高い側)に位置します。停止率と死亡率の47都道府県相関係数はr=+0.01でほぼ無相関であり、停止率が高い県で死亡率が低い、低い県で死亡率が高いという関係は、データの上では成立していません。死亡率は道路構造・高齢化率・人口密度など複数の要因に左右されるため、停止率の単一指標では説明できません。
Q2. JAF調査の都道府県別データは、どこまで信頼できますか?
JAFの調査は各都道府県2か所×1か所50回の横断で実施されており、各県の調査台数は約132台(全国合計6,226台÷47県)と限られています。標本サイズの観点から、単年の数値には年次変動が含まれます。たとえば富山県は2024年31.6%から2025年60.9%へ29.3ポイント上昇しましたが、これは政策効果と標本変動の両方を含む可能性があります。傾向の読み取りには複数年の継続観察が望ましく、上位帯の安定性(長野県10年連続首位など)は信頼性が高い一方、単年の急変動については慎重に解釈する必要があります。
Q3. 横断歩道で止まる車を増やすことに、どんな意味があるのですか?
道路交通法では「横断歩道における歩行者優先」が定められており、車両は横断しようとする歩行者がいる場合に直前で一時停止する義務があります。法令遵守の観点から停止率の向上は望ましく、特に65歳以上の歩行中死者の73.4%が「横断中」であることを踏まえると、横断歩道での停止行動は高齢歩行者の安全に直結します。一方で、47都道府県データでは停止率と死亡率にほぼ相関がなかったことから、「停止率を上げれば死亡率が必ず下がる」と単純化することはできません。法令遵守としての停止率向上と、結果指標としての死亡率減少は、それぞれ独立に追求される目標として理解する方が、データの読み方として近くなります。
🔍 この記事のファクトチェックについて

当サイトはファクトチェックを実施しています。このページのファクトチェックのエビデンスを以下に掲載します。

