
お金の歴史は、出来事の年表と発行高の線を同じ年の軸に並べると見通しがよくなります。1871年から2026年までを等間隔に置き、統計のない期間は空白のまま示しました。
日本のお金の単位「円」は、1871年6月に布告された新貨条例で生まれました。2026年時点で155年がたっています。1885年には日本銀行券の発行が始まり、その発行高は2025年末に120兆6,060億円でした。年末の発行高が最も大きかったのは2022年の125兆683億円で、2023年から2025年までは3年続けて前年末を下回っています。2025年末の額を総人口で割ると、1人当たり約98万円にあたります。
本記事では、日本銀行の「沿革」に載っている出来事と、日本銀行券の発行高を1本の年表に重ねて整理します。発行高は、1914〜1941年が日本銀行金融研究所の歴史統計、1953年以降が日本銀行の通貨流通高の統計です。扱うのは明治以降の「円」で、金額はすべて当時の名目額です。物価の動きは物価と賃金の30年の推移で別に整理しています。
日本のお金「円」は、いつ生まれてどう変わってきたのか?
1871年の新貨条例から155年。日本銀行券の発行高は2025年末に120兆6,060億円になった。
本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・制度・サービス内容は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。
お金の歴史を1枚の年表で見る|1871年から2026年まで

上の段に出来事を8点、下の段に日本銀行券の発行高を置きました。縦軸は1目盛りで100倍になる対数目盛です。線が切れている所は、年末の値を取得していない期間です。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
年表の左端は1871年の新貨条例、右端は2026年です。年の間隔は圧縮していません。出来事は1871年から1899年までと、1931年から1958年までに集まっています。下の段の線は2本あり、1914〜1941年は千円単位の歴史統計、1953年以降は億円単位の現行統計です。資料が別のため、2本の線はつないでいません。
灰色の帯は統計のない期間です。1871〜1884年は、日本銀行券がまだ発行されていません。1885年の発行開始から1914年より前までと、1941年末の次から1953年より前までは、年末の発行高を取得できていないため空白にしています。
縦軸を対数目盛にした理由は、金額の桁の差です。1914年末は3億8,558万9千円、2025年末は120兆6,060億円で、同じ目盛りの軸に置くと前半の線が横軸に重なって読めなくなります。金額は当時の名目額のため、年の離れた額どうしをそのまま比べることはできません。
円の誕生から日本銀行券へ|1871年から1899年まで

最初の約30年は、紙幣を出す主体が政府・国立銀行・日本銀行と移っていきます。年の順に並べると、1899年に日本銀行券へ一元化されるまでの流れが追えます。
1871年6月、新貨条例と造幣規則が布告され、通貨の単位が円・銭・厘になりました。翌1872年4月には、政府が円建ての不換紙幣の発行を始めます。1873年8月には国立銀行が金と兌換できる国立銀行紙幣の発行を始めましたが、この金兌換は1876年8月に停止されました。
1882年6月に日本銀行条例が公布され、同じ年の10月に日本銀行が開業しました。1884年7月に兌換銀行券条例が施行され、1885年5月に、銀貨と引き換えられる日本銀行券(銀貨兌換券)の発行が始まります。1899年12月には国立銀行紙幣と政府紙幣の通用が停止され、紙幣は日本銀行券に一元化されました。
明治より前の貨幣は、年ごとの発行高の統計がそろわないため、この年表には入れていません。
金本位制から管理通貨制へ|1897年から1942年まで

この時期は制度の出来事が多いので、発行高の動きが大きかった1927年を月ごとの棒で取り出しました。3本の棒の高さの違いを見てください。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
1897年10月に貨幣法が施行され、金本位制が確立しました。同じ月に兌換銀行券条例が改正され、日本銀行券は銀兌換から金兌換になります。その後、1917年9月に金の輸出が禁止され、1930年1月に解禁、1931年12月に再び禁止されました。
1927年3月には金融恐慌が発生しました。月末の発行高は3月末の13億5,503万6千円から4月末に20億3,706万円になり、5月末は14億2,691万2千円でした。3月末と4月末の差は6億8,202万4千円です。年末の値は、1926年が15億6,970万8千円、1927年が16億8,239万円でした。
1932年1月、「金貨兌換停止に関する緊急勅令」の施行により、事実上の管理通貨制に移りました。1941年4月には「兌換銀行券条例の臨時特例に関する法律」が施行されます。1942年には日本銀行法が施行され、日本銀行条例と兌換銀行券条例は廃止されました。1941年末の発行高は59億7,881万6千円です。
戦後の日本銀行券|1946年から1984年まで

戦後は、券の種類が増える出来事と、発行高の桁が上がる年が並びます。年表では、年末の発行高が1兆円と10兆円を初めて上回った年を拾いました。
1946年2月に金融緊急措置令と日本銀行券預入令が施行され、翌3月に新様式の百円券・十円券・五円券・一円券が発行されました。その後、1950年1月に千円券、1957年10月に五千円券、1958年12月に一万円券が発行されます。千円券・五千円券・一万円券の3つの券種は、1950年1月から1958年12月までの間に出そろいました。
現行の統計で最も古い年末値は、1953年の6,298億円です。年末の発行高は1959年に1兆294億円となり、初めて1兆円を上回りました。1973年には10兆991億円となり、初めて10兆円を上回っています。
為替の制度もこの時期に変わりました。1949年4月に1米ドル=360円の単一為替レートが設定され、1971年12月に基準外国為替相場が308円に変更されます。1973年2月には変動為替相場制へ移行しました。その後のドル円レートは円高円安の推移で整理しています。1984年11月には、一万円券・五千円券・千円券が新様式になりました。
50兆円を上回ってから|1996年から2025年まで

直近は、2010年からの年末値を線形の棒で並べました。対数目盛では平らに見える部分も、棒にすると2022年末の前後の高さの違いが読み取れます。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
年末の発行高は、1996年に50兆6,710億円となって初めて50兆円を上回り、2016年には102兆4,612億円で初めて100兆円を上回りました。この間、1998年4月に改正日本銀行法が施行され、2000年7月に二千円券が発行されています。2004年11月には、一万円券・五千円券・千円券が新様式になりました。
年末の発行高が最も大きかったのは、2022年の125兆683億円です。2023年末は124兆6,080億円、2024年末は124兆778億円、2025年末は120兆6,060億円で、3年続けて前年末を下回りました。2022年末と2025年末の差は4兆4,623億円です。1953年以降の年末値が前年末を下回ったのは、1954年、1992年、2000年、2009年と、この3年の計7回でした。
2024年7月には、一万円券・五千円券・千円券が新様式になりました。肖像は一万円券が渋沢栄一、五千円券が津田梅子、千円券が北里柴三郎です。年の途中の値では、2026年9月末が114兆2,474億円でした。月末の値は月によって水準が異なるため、年末値の列には並べていません。
券種別の内訳|2025年末
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
2025年末の発行高120兆6,060億円を券種別に見ると、一万円券が111兆5,934億円で92.5%を占めます。千円券は4兆7,337億円、五千円券は3兆9,572億円、二千円券は1,865億円、五百円券は944億円でした。金額で見ると、発行高の9割超が一万円券です。枚数ではなく、金額の内訳である点に注意してください。
硬貨の流通高|1971年から2025年まで

紙幣だけでなく硬貨も、同じ統計に年末の額が載っています。1971年からの線で、最大の年と直近の年の位置を確かめてみます。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
日本銀行の統計では、硬貨の額は「貨幣流通高」として1971年から載っています。年末の流通高は1971年が3,961億円で、2021年の5兆617億円が最大でした。2025年末は4兆6,343億円で、2022年から4年続けて前年末を下回っています。
2025年末の日本銀行券発行高と貨幣流通高を足すと、125兆2,403億円です。このうち日本銀行券が96.3%を占め、硬貨は3.7%です。貨幣流通高には記念貨が含まれ、日本銀行が保有する分は除かれています。
お金の歴史年表|1871年から2025年までの出来事一覧

ここまでに出てきた出来事と発行高の節目を、年の順に1本にまとめます。図では8点に絞った出来事も、ここでは35行すべて並べています。
出来事の年と月は日本銀行の「沿革」に、発行高は日本銀行の統計に基づいています。出来事の名称は、一次資料の表記に合わせました。
楓のまとめ|155年を出来事と発行高で振り返る

年表と発行高の線を重ねると、制度の出来事が集まる時期と、金額の桁が上がる時期が別々に見えてきます。3つの観察事実に整理します。
「円」が通貨の単位になった1871年から2026年までを、出来事と日本銀行券の発行高の2つで並べてきました。金額は当時の名目額で、年の離れた額どうしの大小は比べていません。確認できた事実を3点に整理します。
出来事は1871〜1899年と1931〜1958年に集まり、発行高の最大は2022年末にあります。年表のどの部分を見るかで、制度の移り変わりと金額の動きのどちらが前に出るかが変わります。統計のない期間は、線を引かずに空白のまま残しました。
よくある質問(FAQ)

年表を読むときは、金額が当時の名目額であることと、発行高は紙幣の額で硬貨は別の系列であることの2点を、先に確認してください。
Q1. 日本のお金の単位が「円」になったのはいつですか?
1871年6月です。新貨条例と造幣規則が布告され、通貨の単位が円・銭・厘とされました。2026年時点で155年がたっています。日本銀行券の発行が始まったのは、その14年後の1885年5月です。
Q2. 日本銀行券の発行高が最も多かったのはいつですか?
年末の値では、2022年の125兆683億円が最大です。2023年末から2025年末までは3年続けて前年末を下回り、2025年末は120兆6,060億円でした。この比較は1953年以降の年末値に基づいています。金額は名目額です。
Q3. 発行高を1人当たりにすると、いくらになりますか?
2025年末の120兆6,060億円を、2026年1月1日現在の総人口1億2,298万人で割ると、1人当たり約98万円です。これは金融機関や企業が持つ分を含む総額を人口で割った値で、個人が持っている現金の平均額ではありません。
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