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自動車の歴史を年表で図解|国産車の誕生から現在まで、生産台数と保有台数で見る122年【2026年】

自動車の歴史を年表で図解|国産車の誕生から現在まで、生産台数と保有台数で見る122年
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楓
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自動車の歴史は、車の名前や法律の年を並べるだけでなく、国内を走る車の台数を同じ年の軸に置くと流れがつかみやすくなります。1904年から2026年までを等間隔に並べ、台数の統計がない年は空白のまま示しました。

日本で最初の国産自動車とされるのは、1904年に岡山で完成した山羽式蒸気自動車です。2026年時点で122年がたっています。自動車検査登録情報協会の統計によると、国内の自動車保有台数は、2026年3月末に8,277万5,321台でした。1966年3月末の812万3,096台と比べると、60年で約10.2倍です。増えた分は7,465万2,225台で、1年あたり平均約124万台にあたります。

本記事では、日本自動車殿堂、トヨタ自動車75年史、自動車技術会の資料に載っている出来事と、保有台数・生産台数の統計を、1本の年表に重ねて整理します。扱うのは日本国内の自動車で、海外での発明や普及は対象に含めていません。保有台数は軽自動車と二輪車を含む各年3月末の値、生産台数は四輪車の暦年の値です。2025年の生産台数は841万334台でした。

EVIDENCE / 可視化pediaの結論

日本の自動車は、いつ始まってどう増えてきたのか?

1904年の国産第1号から122年。保有台数は2026年3月末に8,277万5,321台になった。

国産第1号の自動車が完成してからの年数(1904年→2026年) 122年 1904年 山羽式蒸気自動車の完成 → 2026年時点 保有台数 8,277万台 / Vehicles in use
1904国産第1号の蒸気自動車 1936自動車製造事業法 1963名神高速道路の開通 1980生産台数が世界一に 2026保有台数8,277万台

Source

自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」/日本自動車工業会「日本の自動車工業」/日本自動車殿堂(2026年10月閲覧)

楓の整理
この記事の要点

◆ 国産第1号とされる山羽式蒸気自動車は、1904年に完成しました。2026年時点で122年です。国産のガソリン自動車は、1907年のタクリー号が第1号とされています。
◆ 保有台数は2026年3月末に8,277万5,321台で、このうち乗用車が6,207万1,613台(75.0%)でした。
◆ 四輪車の生産台数は2025年に841万334台です。1970年以降の掲載年では、1990年の1,348万6,796台が最大でした。

出典:自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」/日本自動車工業会「日本の自動車工業」/日本自動車殿堂/トヨタ自動車75年史/自動車技術会「日本の自動車技術330選」。年表には、国産車の初出、法律の制定、道路の開通、台数の節目を載せ、事故・公害・貿易交渉・個別企業の経営は載せていません。「保有台数」は軽自動車と二輪車を含む各年3月末の値、「生産台数」は四輪車の暦年の値です。

本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・制度・サービス内容は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。

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自動車の歴史を1枚の年表で見る|1904年から2026年まで

楓
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上の段に出来事を8点、下の段に保有台数の折れ線を置きました。折れ線があるのは、統計のある1966年からです。それより前の期間も、年の幅はそのまま残しています。

自動車の年表|出来事と保有台数(1904〜2026年) 年の間隔は等間隔。下段の折れ線は、統計のある1966年以降の保有台数(各年3月末) 主な出来事 1904 山羽式蒸気自動車 1907 タクリー号 1925 日本フォード組立開始 1936 自動車製造事業法 1955 トヨペットクラウン 1963 名神高速道路開通 1980 生産台数が世界一 1997 プリウス 保有台数(軽自動車・二輪車を含む) 0 4,000万台 8,000万台 1920 1940 1960 1980 2000 2020 この間は線を引いていない (1965年以前は年ごとの保有台数を載せていない) 1966年3月末 812万3,096台 1987年 5,000万台を超える 2014年 8,000万台を超える 2026年3月末 8,277万5,321台 60年で約10.2倍 保有台数は自動車検査登録情報協会の統計。乗用車・貨物車・乗合車・特種(殊)用途車・二輪車の合計
出典:日本自動車殿堂・トヨタ自動車75年史・自動車技術会「日本の自動車技術330選」・NEXCO東日本(出来事)/自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」(保有台数)
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。

年表の左端は1904年の山羽式蒸気自動車、右端は2026年です。年の間隔は圧縮していません。出来事は、タクリー号が完成した1907年、日本フォードが組立生産を始めた1925年、自動車製造事業法が公布された1936年、名神高速道路の最初の区間が開通した1963年などを並べています。

下の段の折れ線は保有台数です。1966年3月末の812万3,096台から、1968年に1,000万台、1987年に5,000万台、2014年に8,000万台を、それぞれ3月末の値で初めて超えました。2026年3月末は8,277万5,321台で、1966年以降で最も多い値です。前の年を下回ったのは、2008年から2011年までの4年だけでした。

1904年から1965年までは、折れ線を引いていません。この記事で使った統計が、1966年3月末から始まるためです。空白は値を載せていないことを示すもので、自動車がなかったという意味ではありません。トヨタ自動車75年史は、1965年の保有台数を630万台と記しています。

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国産第1号から組立生産まで|1898年から1934年

楓
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最初の30年ほどは、輸入、国産車の完成、海外メーカーの組立生産が順に現れます。台数の記録が残る1929年からの6年分は、表にしました。

1898年、フランス製のガソリン自動車「パナール・ルバッソール」が初めて輸入されました。1904年には、岡山で電機工場を営んでいた山羽虎夫が、山羽式蒸気自動車を完成させます。日本自動車殿堂の資料によると、定員は10人で、試運転では約10kmの道のりを走りました。

この蒸気自動車を、日本自動車殿堂は「国産第一号の蒸気自動車」と記し、岡山市は車体からエンジンまですべてを国産で製作した自動車の第1号としています。ガソリン自動車では、1907年に完成した「タクリー号」が国産の第1号とされています。蒸気は1904年、ガソリンは1907年と、動力によって最初の年が分かれます。

1914年には、快進社自働車工場の橋本増治郎が、乗用車の第1号「ダット」を完成させました。その後、1924年12月に日本フォードが横浜に設立され、1925年3月から組立生産を始めます。日本GMは大阪に設立され、1927年4月に組立生産を始めました。設立と開始の時期は、トヨタ自動車75年史の記述によります。

年輸入組立の台数
1929年28,087台
1930年18,663台
1931年18,908台
1932年13,327台
1933年14,084台
1934年30,884台
出典:トヨタ自動車75年史 第1部第2章第1節第2項(同書が引く「自動車工業及運輸」の表。資料の単位は輌)
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。

トヨタ自動車75年史は、当時の資料を引いて、輸入組立の台数を1929年から1934年まで掲げています。1929年は28,087台、1932年は13,327台、1934年は30,884台でした。資料の単位は「輌」で、どの会社の分を合計した値かは記されていません。

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自動車製造事業法から戦後の乗用車まで|1936年から1958年

楓
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この時期は、年ごとの台数の統計を載せていない期間です。法律の年と、自動車技術会の選定に入っている車の年を、順に並べます。

1936年5月29日に自動車製造事業法が公布され、7月11日に施行されました。9月19日には、豊田自動織機製作所と日産自動車が、この法律にもとづく許可会社に指定されています。公布から許可会社の指定までは、同じ1936年の5月から9月にかけての出来事です。

車名は、自動車技術会の「日本の自動車技術330選」に載っている年で並べます。1936年にトヨダAA型、1947年にたま電気自動車とトヨペットSA型、1955年にトヨペットクラウンとスズライト、1958年にスバル360が載っています。本記事の年表に入れたのは、330選のうち一部の車名です。車の優劣を示すものではありません。

この時期の生産台数と保有台数は、この記事で使った統計には載っていません。保有台数の統計は1966年から、生産台数の統計は1970年からです。このため、主図の折れ線も、この時期は空白のままです。

高速道路と保有台数1,000万台|1963年から1979年

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ここからは保有台数の統計が使えます。乗用車と貨物車の2本の線に分けると、1971年に上下が入れ替わる様子が見えます。

保有台数の内訳|乗用車と貨物車(1966〜2026年) 各年3月末現在。単位:台。軽自動車を含む 0 2,000万 4,000万 6,000万 1970 1980 1990 2000 2010 2020 乗用車 6,207万1,613台 貨物車 1,452万9,799台 1991年 貨物車は2,114万6,204台 1971年に乗用車が上回る 乗合車・特種(殊)用途車・二輪車は描いていない。右端の数字は2026年3月末の値
出典:自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」(各年3月末現在・軽自動車を含む)
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。

1963年、名神高速道路の尼崎・栗東間(71km)が開通しました。NEXCO東日本の沿革は、これを日本初の高速道路としています。トヨタ自動車75年史によると、1969年には東名高速道路も開通しました。

生産台数について、トヨタ自動車75年史は、1965年の188万台が1967年には315万台になり、西ドイツを抜いて世界第2位の生産国になったと記しています。1968年には400万台を超えたとあります。いずれも同社の社史の記述で、台数は万台単位の概数です。

保有台数は、1966年3月末に812万3,096台でした。内訳は貨物車が468万9,368台、乗用車が228万9,665台で、貨物車が乗用車の約2倍です。1968年3月末には1,169万755台になり、1,000万台を超えました。

1971年3月末には、乗用車が910万4,593台、貨物車が854万2,360台となり、1966年以降で初めて乗用車が貨物車を上回りました。その後、貨物車は1991年3月末の2,114万6,204台が最大で、2026年3月末は1,452万9,799台です。乗用車は2026年3月末に6,207万1,613台で、全体の75.0%を占めます。

都道府県ごとの保有の違いは都道府県別の自動車保有の図解で、車が使われる年数の移り変わりは乗用車の平均使用年数の図解で、それぞれ別に整理しています。

生産台数の世界一から現在まで|1980年から2026年

楓
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最後は生産台数です。保有台数とは桁が1つ違うので、図を分けました。1970年から2010年までは5年ごと、2015年からは毎年の棒です。

四輪車の生産台数|1970年から2025年まで 暦年。単位:台。1970〜2010年は5年ごと、2015年以降は毎年の値 0 500万 1,000万 1970 1980 1990 2000 2010 2020 1980年 1,104万2,884台 2025年 841万334台 1990年が最大 1,348万6,796台 1979年から「KDセット」を除く(資料の注記)。1975年以前と1980年以降は対象が同じでない
出典:日本自動車工業会「日本の自動車工業」2026年版(2015年のみ2025年版)
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。

四輪車の生産台数は、日本自動車工業会の資料で、1970年が528万9,157台、1980年が1,104万2,884台でした。トヨタ自動車75年史は、1980年に日本の自動車生産が1,000万台を超え、米国を抜いて世界一になったと記しています。米国の台数は確認していないため、差は示していません。

1970年以降の掲載年のなかでは、1990年の1,348万6,796台が最大です。資料に載っているのは、1970年から2010年までが5年ごと、2015年からが毎年の値です。載っていない年にこれより多い年があるかどうかは、この資料からは分かりません。

2025年の生産台数は841万334台で、1990年の62.4%、前年の2024年(823万4,645台)の102.1%です。内訳は乗用車が720万7,127台、トラックが108万3,822台、バスが11万9,385台でした。増減の理由は、この記事では扱っていません。

車名では、1997年にプリウス、2009年に三菱のi-MiEV、2010年に日産のリーフ、2014年にトヨタのMIRAIが、自動車技術会の330選に載っています。保有台数は、2014年3月末に8,027万2,571台となり、8,000万台を超えました。

保有台数には、数え方の違う統計がもう1つあります。日本自動車工業会の資料は四輪車だけを各年末で数えており、2025年12月末は7,878万8,688台です。本記事が使った自動車検査登録情報協会の値は、二輪車を含む各年3月末の値で、2026年3月末は8,277万5,321台でした。

自動車の歴史年表|1898年から2026年までの出来事一覧

楓
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図では8点に絞った出来事を、ここでは25行すべて並べます。国産車の初出、法律の制定、道路の開通、台数の節目を載せました。

TIMELINE
最初の輸入から2026年3月末までの出来事と台数
1898年

フランス製のガソリン自動車「パナール・ルバッソール」が初めて輸入された。

1904年

岡山の山羽虎夫が山羽式蒸気自動車を完成(日本自動車殿堂と岡山市の資料が国産第1号とする自動車)。

1907年

国産のガソリン自動車「タクリー号」が完成。

1914年

快進社自働車工場が乗用車の第1号「ダット」を完成。

1925年

日本フォードが横浜で組立生産を開始。

1927年

日本GMが大阪で組立生産を開始。

1936年

自動車製造事業法を公布・施行。豊田自動織機製作所と日産自動車が許可会社に指定された。この年の車にトヨダAA型。

1947年

たま電気自動車、トヨペットSA型。

1955年

トヨペットクラウン、スズライト。

1958年

スバル360。

1963年

名神高速道路の尼崎・栗東間(71km)が開通(日本で最初の高速道路)。

1966年

カローラ、ダットサンサニー。3月末の保有台数は812万3,096台。

1967年

生産台数が315万台になり、西ドイツを抜いて世界第2位の生産国に(トヨタ自動車75年史による)。

1968年

3月末の保有台数が1,169万755台になり、1,000万台を超えた。

1969年

東名高速道路が開通(トヨタ自動車75年史による)。

1971年

3月末の保有台数で、乗用車(910万4,593台)が貨物車(854万2,360台)を上回った。

1980年

四輪車の生産台数が1,104万2,884台。米国を抜いて世界一に(トヨタ自動車75年史による)。

1987年

3月末の保有台数が5,022万3,439台になり、5,000万台を超えた。

1990年

四輪車の生産台数が1,348万6,796台(1970年以降の掲載年で最大)。

1997年

プリウス。

2009年

三菱 i-MiEV。

2010年

日産 リーフ。

2014年

3月末の保有台数が8,027万2,571台になり、8,000万台を超えた。トヨタ MIRAI。

2025年

四輪車の生産台数は841万334台。

2026年

3月末の保有台数は8,277万5,321台。

出来事の年と名称は、行ごとに出典の表記に合わせました。車名は自動車技術会の「日本の自動車技術330選」に載っている年、台数は統計の値です。1904年は、資料によって完成の月が違うため、年だけを書いています。

楓のまとめ|122年を出来事と台数で振り返る

楓
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年表と台数の線を重ねると、出来事が並ぶ時期と、台数の統計がある時期が別々に見えてきます。3つの観察事実に整理します。

1904年の国産第1号から2026年までを、出来事と保有台数、生産台数の3つで並べてきました。保有台数は1966年から、生産台数は1970年からの統計を使っています。確認できた事実を3点に整理します。

楓の観察整理
3つの観察事実

観察1. 国産第1号とされる山羽式蒸気自動車は、1904年に完成しました。2026年時点で122年です。国産のガソリン自動車は1907年にタクリー号が完成し、1925年に日本フォード、1927年に日本GMが組立生産を始めました。

観察2. 保有台数は、1966年3月末の812万3,096台から2026年3月末の8,277万5,321台へ、60年で約10.2倍になりました。1971年3月末に、乗用車が貨物車を上回っています。

観察3. 四輪車の生産台数は、1970年以降の掲載年では1990年の1,348万6,796台が最大です。2025年は841万334台で、1990年の62.4%でした。

年表に載せた25行のうち、1966年より前の11行には、年ごとの統計にもとづく台数を添えていません。1966年以降の14行では、10行に保有台数か生産台数の数字が入っています。年表のどの部分を見るかで、出来事と台数のどちらが前に出るかが変わります。

よくある質問(FAQ)

楓
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年表を読むときは、保有台数が二輪車を含む3月末の値であることと、生産台数が四輪車の暦年の値であることの2点を、先に確認してください。

Q1. 日本で最初の自動車はいつですか?

輸入では1898年のフランス製ガソリン自動車、国産では1904年の山羽式蒸気自動車、国産のガソリン自動車では1907年のタクリー号が、それぞれ最初とされています。どれを「最初」とするかで年が変わります。本記事は、国産第1号とされる1904年を年表の始点にしました。

Q2. 日本の自動車生産が最も多かったのはいつですか?

日本自動車工業会の資料に載っている年のなかでは、1990年の1,348万6,796台が最大です。ただし、1970年から2010年までは5年ごとの値しか載っていません。2025年は841万334台でした。

Q3. 日本に自動車は何台ありますか?

2026年3月末の保有台数は8,277万5,321台です(自動車検査登録情報協会の統計。軽自動車と二輪車を含みます)。四輪車だけを数える日本自動車工業会の資料では、2025年12月末に7,878万8,688台でした。時点と対象が違うため、2つの値は一致しません。

🔍 この記事のファクトチェックについて

楓
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当サイトはファクトチェックを実施しています。このページのファクトチェックのエビデンスを以下に掲載します。

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この記事のファクトチェックについて
確認日:2026年10月

記事内の主要な数値・事実について、確認の度合いを4段階で示しています。

✅ 一次確認:公式発表・省庁・原典で直接確認 🔍 二次確認:報道など二次情報で確認 📊 筆者試算:一次データを基にした独自計算 ⚠ 要確認:状況により変わるもの
✅ 一次確認

1904年 山羽式蒸気自動車の完成と試運転(「国産第一号の蒸気自動車」・定員10人・試運転は約10km)

日本自動車殿堂「山羽 虎夫」 →
✅ 一次確認

1904年に山羽式蒸気自動車を製作。車体からエンジンまですべてを国産で製作した自動車の第1号

岡山市「岡山歴史のまちしるべ(山羽虎夫工場跡)」 →
✅ 一次確認

1898年 パナール・ルバッソールの輸入/1907年 タクリー号の完成/1914年 快進社自働車工場が「ダット」を完成

トヨタ自動車75年史 第1部第2章第1節第3項 →
✅ 一次確認

日本フォードは1924年12月に設立、1925年3月に組立生産を開始(横浜)/日本GMは1927年4月に組立生産を開始(大阪)/輸入組立の台数 1929年 28,087・1930年 18,663・1931年 18,908・1932年 13,327・1933年 14,084・1934年 30,884(単位は輌)

トヨタ自動車75年史 第1部第2章第1節第2項 →
✅ 一次確認

自動車製造事業法は1936年5月29日に公布、7月11日に施行。9月19日に豊田自動織機製作所と日産自動車が許可会社に指定

トヨタ自動車75年史 第1部第2章第2節第7項 →
✅ 一次確認

車名と年:1907年 タクリー号/1936年 トヨダAA型/1947年 たま電気自動車・トヨペットSA型/1955年 トヨペットクラウン・スズライト

自動車技術会「日本の自動車技術330選」乗用車 Part 1 →
✅ 一次確認
✅ 一次確認

車名と年:1966年 カローラ・ダットサンサニー

自動車技術会「日本の自動車技術330選」乗用車 Part 3 →
✅ 一次確認

車名と年:1997年 プリウス/2009年 三菱 i-MiEV/2010年 日産 リーフ/2014年 トヨタ MIRAI

自動車技術会「日本の自動車技術330選」乗用車 Part 5 →
✅ 一次確認

1963年 名神高速道路の尼崎・栗東間(71km)が開通(日本初の高速道路)

NEXCO東日本「沿革」 →
✅ 一次確認

生産台数は1965年の188万台が1967年に315万台となり世界第2位に、1968年に400万台を突破。保有台数は1965年に630万台。1969年に東名高速道路が開通

トヨタ自動車75年史 第2部第1章第2節第1項 →
✅ 一次確認

1980年、日本の自動車生産は1,000万台を突破し、米国を抜いて世界一になった

トヨタ自動車75年史 第3部第1章第1節第1項 →
✅ 一次確認

保有台数(各年3月末):1966年 8,123,096台/1968年 11,690,755台/1971年 乗用車 9,104,593台・貨物車 8,542,360台/1987年 50,223,439台/1991年 貨物車 21,146,204台/2014年 80,272,571台/2026年 82,775,321台(乗用車 62,071,613台・貨物車 14,529,799台)

自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」 →
✅ 一次確認

四輪車生産台数(暦年):1970年 5,289,157台/1980年 11,042,884台/1990年 13,486,796台/2024年 8,234,645台/2025年 8,410,334台(乗用車 7,207,127・トラック 1,083,822・バス 119,385)。四輪車保有台数は2025年12月末 78,788,688台

日本自動車工業会「2026 日本の自動車工業」 →
📊 筆者試算

経過年数 122年=2026−1904/保有台数の倍率 約10.2倍=82,775,321÷8,123,096/増加 74,652,225台=82,775,321−8,123,096。1年あたり平均 約124万台=74,652,225÷60年

自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」 →
📊 筆者試算

2026年3月末の乗用車の割合 75.0%=62,071,613÷82,775,321/1966年3月末の貨物車は乗用車の約2倍=4,689,368÷2,289,665/保有台数が前の年を下回ったのは2008年から2011年までの4年(各年の差を計算)

自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」 →
📊 筆者試算

2025年の生産台数は1990年の62.4%=8,410,334÷13,486,796/2024年の102.1%=8,410,334÷8,234,645/年表25行のうち1966年より前は11行、1966年以降は14行(うち台数の数字がある行は10行)

日本自動車工業会「2026 日本の自動車工業」 →
⚠ 要確認

山羽式蒸気自動車が完成した月は、資料によって違います。日本自動車殿堂は1904年5月に完成、岡山市は4月に製作し翌月に試運転と記しています。本記事は年だけを書いています。

資料により記述が異なります。日本自動車殿堂「山羽 虎夫」 →
⚠ 要確認

保有台数は統計によって値が違います。自動車検査登録情報協会は各年3月末・二輪車を含む値、日本自動車工業会は各年末・四輪車のみの値(2025年12月末 78,788,688台)です。本記事は前者を使っています。

統計により値が異なります。日本自動車工業会「2026 日本の自動車工業」 →
⚠ 要確認

生産台数は、1970年から2010年までが5年ごと、2015年(2025年版の値)以降が毎年の掲載です。1979年から「KDセット」を除く扱いになっており、1975年以前と1980年以降は対象が同じではありません。「1990年が最大」は掲載年のなかでの比較です。

掲載年が限られます。日本自動車工業会「2026 日本の自動車工業」 →
⚠ 要確認

1967年の世界第2位、1980年の世界一、1969年の東名高速道路の開通は、トヨタ自動車75年史の記述によります。保有台数と生産台数は、次の年の統計が公表されると最新値が変わります。

変更の可能性あり。自動車検査登録情報協会「自動車保有台数の推移」 →
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