
富士山の噴火は、年だけを並べても規模が見えず、規模だけを並べても間隔が見えません。出来事と数値を同じ年の軸に重ねた年表図にすると、いつ、どの大きさの噴火があり、そのあとどれだけ空いているかが1枚で確認できます。
富士山が最後に噴火したのは1707年の宝永噴火です。気象庁の「富士山 有史以降の火山活動」によると、それ以降は記録に残る噴火がなく、2026年時点で319年が経過しています。記録上もっとも古い781年から1707年までの926年間に、噴火と記録された活動は10回ありました。
規模で見ると、マグマの噴出量が最大だったのは宝永噴火ではなく、864年に始まった貞観噴火です。産業技術総合研究所(産総研)の活火山データベースでは、マグマ噴出量は貞観噴火が1.3 km³、宝永噴火が0.72 km³と整理されています。1.3 km³は東京ドーム約1,050杯分にあたります。
本記事では、気象庁の活動記録33行と産総研の定量データを1枚の年表図に重ね、噴火の年・規模・間隔を順に整理します。あわせて、ハザードマップや噴火警戒レベルといった防災制度が整えられた年も年表で確認します。標高3,776mという山の高さについては、日本の山の高さランキングの記事で扱っています。
富士山は、いつから噴火していないのか?
最後の噴火は1707年の宝永噴火。以来319年、記録に残る噴火はない。
本記事は楓が調査・編集しています。掲載情報は執筆時点のものです。数値・制度・サービス内容は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。
富士山の噴火、記録に残るのは何回か|781年から1707年までに10回

上の段に出来事、下の段に噴火の規模を置き、横軸は年を等間隔にとりました。空白の期間を縮めずにそのまま見せているので、点が詰まっている時代と、何も置かれていない時代の長さの違いがそのまま目に入ります。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
気象庁の「富士山 有史以降の火山活動」には、781年から2012年までの活動が33行で整理されています。現象の欄を数えると、「噴火」と書かれた行が10、「噴火?」のように疑問符の付いた行が7、噴気・鳴動・地震・地殻変動などそれ以外の行が16です。記録に残る噴火を数えるときは、どの区分までを含めるかで回数が変わります。本記事では疑問符の付かない10回を「記録上の噴火」として扱います。
10回の開始年は、781年、800年、864年、937年、999年、1033年、1083年、1435年、1511年、1707年です。年表図の上の段を見ると、10回のうち7回は781年から1083年までの約300年間に集まっています。そのあと1435年までは「噴火」と書かれた行がなく、1427年に「噴火?」が1件あるだけです。
下の段の棒は、産総研の活火山データベースに噴火マグニチュードが掲載されている4つの噴火を示しています。800年に始まった延暦噴火が3.3、864年に始まった貞観噴火が5.51、937年の承平噴火が4.11、1707年の宝永噴火が5.26です。残りの6回は年の記録はあるものの、規模を表す数値が載っていません。図では基線の下の三角印で区別しました。
主図にラベルを付けた出来事は8点に絞っています。疑問符の付いた7件と防災制度の整備を含めた全22件は、次の年表にまとめました。記述は気象庁の表の表現を短くしたもので、噴出量とVEIは産総研の値です。
噴火の規模はどれだけ違うか|マグマ噴出量の最大は864年の貞観噴火

規模の違いは桁が離れているので、横棒の長さで並べると差がそのまま見えます。いちばん短い棒は、いちばん長い棒の100分の1にも届きません。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
産総研の活火山データベースで定量値が確認できる4つの噴火を、マグマ噴出量の大きい順に並べました。864年に始まった貞観噴火が1.3 km³、1707年の宝永噴火が0.72 km³、937年の承平噴火が0.052 km³、800年に始まった延暦噴火が0.008 km³です。貞観噴火は宝永噴火の約1.8倍、延暦噴火の約160倍にあたります。
ここで使っている「マグマ噴出量」は、噴出物のすき間を除いてマグマの体積に換算した値で、DREとも表記されます。噴火マグニチュードは噴出物の質量から求める指標、VEI(火山爆発指数)は噴出物の量を0から8の段階で示す指標です。貞観噴火と宝永噴火はどちらもVEI5、承平噴火と延暦噴火はVEI3に区分されています。気象庁の表でも、「大規模」と区分されているのは貞観噴火と宝永噴火の2回だけです。
すき間を含んだ見かけの体積では順番が入れ替わります。同じデータベースで、宝永噴火は1.7〜1.8 km³、貞観噴火は1.2〜1.4 km³です。宝永噴火の噴出物は軽石やスコリアなどの降下火砕物、貞観噴火は青木ヶ原丸尾溶岩流などの溶岩が中心でした。どの物差しで比べるかによって「最大の噴火」の答えが変わります。本記事はマグマ噴出量を基準にしています。
1.3 km³という量を身近な大きさに置き換えると、容積124万m³の東京ドームで約1,050杯分になります。気象庁の表では貞観噴火が1.2 km³、宝永噴火が0.7 km³と概数で書かれていますが、同じ表の注記に、噴出物量は産総研のデータベースを参照したと記されています。
定量値のある4噴火の規模(産総研 活火山データベース)
| 噴火(開始年) | マグマ噴出量 | 見かけ体積 | 噴火マグニチュード | VEI | 主な噴出物 |
|---|---|---|---|---|---|
| 貞観噴火(864年) | 1.3 km³ | 1.2〜1.4 km³ | 5.51 | 5 | 青木ヶ原丸尾溶岩流、貞観火砕丘 |
| 宝永噴火(1707年) | 0.72 km³ | 1.7〜1.8 km³ | 5.26 | 5 | 宝永降下火砕物 |
| 承平噴火(937年) | 0.052 km³ | 0.055 km³ | 4.11 | 3 | 鷹丸尾溶岩流、降下火砕物 |
| 延暦噴火(800年) | 0.008 km³ | 0.02 km³ | 3.3 | 3 | 降下火砕物、溶岩流 |
記録上の噴火10回のうち、781年・999年・1033年・1083年・1435年・1511年の6回は、同データベースに噴出量・噴火マグニチュード・VEIの掲載がありません。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
噴火と噴火の間隔はどれくらいか|平均は約103年、最長は352年

10回の噴火を年の軸に点で置き、となり合う点の間に年数を書き込みました。点の間が狭いところと広いところがあり、同じ長さで並んではいないことが分かります。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
記録上の噴火10回について、開始年の差をとると9つの間隔が得られます。短い順に見ると、781年と800年の間が19年、999年と1033年の間が34年、1033年と1083年の間が50年です。長いほうは、1083年と1435年の間が352年、1511年と1707年の間が196年でした。9つの間隔を合計すると926年で、平均すると約103年になります。
ただし、9つのうち7つは100年未満で、平均より長いのは352年と196年の2つだけです。平均の約103年に近い間隔は実際には1つもなく、短い間隔が続く時期と、長く空く時期に分かれています。平均という1つの数字だけでは、この並び方は表せません。
最後の噴火からの経過年数は、2026年時点で319年です。319年は、記録上の9つの間隔のうち最長の352年より短く、2番目に長い196年より長い位置にあります。図では、この319年を噴火と噴火の間隔とは区別し、破線で示しました。
なお、間隔の計算には疑問符の付いた7件を含めていません。7件を含めた17件で開始年の差をとると、間隔の数は16に増え、平均は約67年になります。噴火と数える範囲を広げると、平均の値は短くなります。
1707年以降、富士山では何が観測されてきたか|噴火以外の記録は14件

噴火のない319年間にも、気象庁の表には行が続いています。年・現象・内容の3列の表にすると、噴気、地震、地殻変動と、記録の種類が時代で移っていく様子が読み取れます。
宝永噴火より後の火山活動の記録(14件)
| 年 | 現象 | 内容 |
|---|---|---|
| 1708年 | 鳴動 | 10月28日。 |
| 1708〜1709年 | 火山活動? | 鳴動、降灰?。詳細不明。 |
| 1825年 | 噴気、鳴動 | 時折。 |
| 1854〜1855年 | 噴火?熱? | 詳細不明。 |
| 1895年 | 噴気? | 山頂火口縁東部の活動が活発化?。 |
| 1897年 | 噴気 | 山頂で温度82℃。 |
| 1914年 | 噴気? | 山頂火口縁南東部に新しい亀裂と噴気?。 |
| 1923年 | 噴気? | 火口縁北東部と北西部に新しい噴気?。 |
| 1926年 | 地震 | 8月13日。震央は富士山南東麓。 |
| 1987年 | 地震 | 8月20〜27日。山頂で有感地震4回、最大震度3。 |
| 2000〜2001年 | 地震 | 深部低周波地震の多発。 |
| 2008〜2010年 | 地殻変動 | GPS観測で地下深部の膨張を示す変化。 |
| 2011年 | 地震 | 3月15日。M6.4。その後、山頂直下付近で地震が増加。 |
| 2012年 | 噴気? | 2月。北西麓の3合目でごく弱い湯気。 |
現象別の内訳:噴気・噴気?が5件、地震が4件、鳴動などが3件(1708年、1708〜1709年、1825年)、噴火?が1件、地殻変動が1件。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
宝永噴火より後の行は14件あります。現象の欄で分けると、噴気や「噴気?」が5件、地震が4件、鳴動などが3件、「噴火?熱?」が1件、地殻変動が1件です。1707年より後に「噴火」と疑問符なしで書かれた行は1つもありません。
時代ごとに見ると、1708年から1923年までの8件は鳴動と噴気が中心で、1926年以降の6件は地震と地殻変動が中心です。1897年には山頂で82℃の噴気が記録されています。1987年には山頂で有感地震が4回あり、最大震度は3でした。
2000年から2001年にかけては深部低周波地震の多発が、2008年から2010年にかけてはGPS観測による地殻変動が記録されています。2011年3月15日にはM6.4の地震があり、その後に山頂直下付近で地震が増えました。全国の強い揺れの回数は、震度5弱以上の地震の観測回数をまとめた記事で整理しています。
噴火に備える制度はいつ整ったか|2004年から2023年までの5つの節目

制度の年は、先ほどの年表の最後の5行にあたります。ここでは、その中身を数字で確認できるハザードマップの想定規模と、噴火警戒レベルの5段階を表で整理します。
噴火警戒レベルの5段階(気象庁)
| レベル | キーワード | 対応する警報・予報 | 対象範囲 |
|---|---|---|---|
| レベル5 | 避難 | 噴火警報(居住地域) | 居住地域及びそれより火口側 |
| レベル4 | 高齢者等避難 | 噴火警報(居住地域) | 居住地域及びそれより火口側 |
| レベル3 | 入山規制 | 噴火警報(火口周辺) | 火口から居住地域近くまで |
| レベル2 | 火口周辺規制 | 噴火警報(火口周辺) | 火口周辺 |
| レベル1 | 活火山であることに留意 | 噴火予報 | 火口内等 |
富士山のレベル2は、火山活動が活発化する過程では使用しないとされています。現在のレベルは気象庁の発表をご確認ください。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
富士山の噴火に備える制度は、宝永噴火からおよそ300年後に相次いで整えられました。静岡県の資料によると、富士山ハザードマップが策定されたのは2004年6月です。気象庁は2007年12月1日に噴火警戒レベルの運用を始め、内閣府の資料では、富士山火山防災対策協議会が2012年6月8日に設置されています。5つの節目はすべて2004年から2023年までの20年間に入っています。
ハザードマップは、2018年3月の第8回協議会で改定が決まり、2021年3月の第11回協議会で改定されました。改定版の溶岩流の想定は、大規模噴火が13億m³、中規模が2億m³、小規模が2,000万m³です。大規模の13億m³は貞観噴火をもとに設定されており、先ほどの1.3 km³と同じ量にあたります。
改定版が対象にしているのは、現在から約5,600年前までの噴火です。想定火口ごとに溶岩の流れを計算したケースは、大規模69、中規模91、小規模92の合計252にのぼります。噴火を含む災害のあとの避難生活などで亡くなる災害関連死については、災害関連死の推移をまとめた記事で扱っています。
噴火警戒レベルは、火山活動の状況に応じて対象範囲ととるべき行動を5段階で示すものです。気象庁によると、常時観測火山51のうち49火山で運用されています(2026年3月現在)。富士山のレベルは2023年3月29日に改定されました。
楓のまとめ|年表から読み取れる3つの観察

年・規模・間隔・制度の順に見てきました。年表に置いた数字を、3つの観察事実に整理します。
「富士山は、いつから噴火していないのか」という問いには、年表そのものが答えになります。1707年の宝永噴火のあと、気象庁の表に「噴火」と書かれた行はありません。その一方で、噴気や地震、地殻変動の記録は続いており、何も起きていない319年ではないことも年表から読み取れます。
3つを重ねると、富士山の噴火の記録は、回数・間隔・規模のどれをとっても1つの数字では表しにくいことが分かります。年表に並ぶのは、短い間隔で続いた時代と、長く空いた時代、そして規模が100倍以上違う噴火です。数字を年の軸に置いたまま眺めることが、この記録を読むいちばん確かな方法です。
よくある質問(FAQ)

噴火の回数や規模の数字は、どの資料の、どの区分を数えたものかで変わります。数字を見るときは、出典と数え方をセットで確認してください。
Q1. 富士山が最後に噴火したのはいつですか?
1707年12月16日に始まった宝永噴火です。気象庁の「富士山 有史以降の火山活動」では、南東山腹の宝永火口から噴火し、江戸にも多量の灰が降り、川崎で厚さ5cmに達したと記されています。産総研の活火山データベースでは、噴火の期間は1707年12月16日から1708年1月1日までとされています。2026年時点で、この噴火から319年が経過しています。
Q2. 富士山の噴火で一番大きかったのはどれですか?
マグマ噴出量で比べると、864年に始まった貞観噴火の1.3 km³が最大です。1707年の宝永噴火は0.72 km³で、貞観噴火はその約1.8倍にあたります。ただし、すき間を含む見かけの体積では宝永噴火(1.7〜1.8 km³)が貞観噴火(1.2〜1.4 km³)を上回ります。どちらもVEIは5で、物差しによって順番が入れ替わります。数値はいずれも産総研の活火山データベースによるものです。
Q3. 富士山は活火山なのですか?
気象庁の「日本活火山総覧」に掲載されている活火山で、気象庁のページでは「常時観測火山」と表記されています。噴火警戒レベルは2007年12月1日から運用され、2023年3月29日に改定されました。1707年より後にも、噴気、地震、地殻変動などの記録が14件あります。現在の噴火警戒レベルは、気象庁の発表で確認できます。
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