
「人口はいつから減り始めたのか」という問いには、明治期の推計・国勢調査・人口推計・将来推計の4つの系列を1本につないだ折れ線で答えるのが近道です。ピークの年と、減少が続き始めた年と、国勢調査で初めて減った年は、それぞれ別の指標にあることが見えてきます。
「日本の総人口はいつから減り始めたのか」という問いには、答えが1つではありません。総務省統計局の人口推計では、各年10月1日現在の総人口は2008年の1億2,808万4千人が最も多く、2011年から2024年まで14年連続で減少しています。5年ごとの国勢調査では2015年調査で初めて前回を下回り、令和7年国勢調査の速報値は1億2,305万人で、2020年から309万7千人(2.5%)の減少でした。ピークの年、連続減少の起点、国勢調査での初めての減少は、それぞれ別の指標が示す別の年です。
ここでいう総人口は、日本に常住する日本人と外国人を合わせた人口で、日本人人口とは別の指標です。本記事では、統計局の日本統計年鑑(明治5年以降の推計人口・国勢調査・人口推計)、令和7年国勢調査の人口速報集計、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の将来推計人口(令和5年推計)という一次情報を、1872年から2070年までを1本につないだ折れ線を中心に整理します。減少の原因や政策の是非には踏み込まず、どの統計が何を示しているかを観察していきます。
日本の総人口は、いつから減り始めたのでしょうか。
人口推計では2008年が最多で、2011年から14年連続減。国勢調査では2015年調査が初の減少。
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- 明治から150年、総人口はどう推移したか|1872年の3,481万人から2008年の1億2,808万4千人へ
- ピークの前後で何が起きたか|2005〜2024年の年別推移
- 「いつから減り始めた?」への4つの答え|人口推計と国勢調査で起点が違う
- 統計局が公表する増減の内訳|自然増減と社会増減
- 社人研の将来推計|2056年に1億人を下回り、2070年は8,700万人
- 2070年の8,700万人は、過去のどの年の水準か
- 年別の総人口一覧|1872〜2025年の実績と2025〜2070年の推計
- 楓のまとめ|「いつから」の答えは指標ごとにあり、系列を区別すると見えてくる
- よくある質問(FAQ)
- 🔍 この記事のファクトチェックについて
明治から150年、総人口はどう推移したか|1872年の3,481万人から2008年の1億2,808万4千人へ

153年分の系列を1本の折れ線にすると、右肩上がりの長い坂と、頂上のあとの短い下り坂が同じ図に並びます。線の種類が4つあるのは統計のつくり方が時代で違うからで、凡例で見分けられるようにしています。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
日本の総人口の統計は1872年(明治5年)に始まります。統計局の統計FAQによれば、1872年から1919年までは内閣統計局が本籍人口を基に推計した1月1日現在の人口で、1920年(大正9年)以降は10月1日現在の国勢調査と人口推計の人口です。1872年の3,481万人(34,806千人)から1900年前後には4,000万人台、1912年には5,000万人台に達し、1920年の第1回国勢調査では5,596万人でした。
戦後は1950年の8,412万人、1955年の9,008万人と増え、日本統計年鑑の人口推計では1967年に1億19万6千人(100,196千人)と初めて1億人を超えました。1970年の国勢調査では1億466万5千人です。その後も増え続け、人口推計では2008年10月1日の1億2,808万4千人が最も多くなっています。1872年からの136年で約3.7倍です(📊筆者試算:128,084÷34,806=3.68)。
図の右側の破線は、社人研の将来推計(出生中位・死亡中位)です。2025年の1億2,326万2千人から2056年には1億人を下回り、2070年には8,700万人となります。左側の実績と右側の推計は、統計のつくり方が違うことを踏まえて読む必要があります。1872年から2070年までの4つの系列を、区別したまま1本の図に並べること自体が、本記事の観察の出発点です。
ピークの前後で何が起きたか|2005〜2024年の年別推移

ピークの前後は、年ごとの棒で見ると増えた年と減った年が混ざっている様子が分かります。上段は縦軸を拡大しているので、棒の高さの差は小さな変化を大きく見せていることに注意してください。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
人口推計の年別総人口を2005年から並べると、2005年は前年比1万9千人の減少、2006年と2007年はそれぞれ13万3千人と13万2千人の増加、2008年は5万1千人の増加で1億2,808万4千人の最多となりました。2009年は5万2千人の減少、2010年は2万6千人の増加です。2008年を最多の年としても、2009年と2010年は減少と増加が混在しており、「2008年から減り続けた」とは言えません。
2011年は22万3千人の減少となり、以後2024年まで14年連続で減少しています。減少数は2016年の5万3千人が最も小さく、2021年の64万4千人が最も大きい年でした。2024年10月1日現在の総人口は1億2,380万2千人で、前年から55万人(0.44%)の減少です。1日あたりに直すと約1,500人にあたります(📊筆者試算:550,000÷365=1,507)。
人口推計のピーク(2008年)から国勢調査の速報値(2025年)までの減少は503万4千人、率にして3.9%です(📊筆者試算:128,084−123,050=5,034千人・系列をまたぐ比較)。2025年は国勢調査の年にあたり、年次の人口推計は公表されていないので、連続減少の年数は2024年までの14年として数えています。
「いつから減り始めた?」への4つの答え|人口推計と国勢調査で起点が違う

答えを1つに絞らず、4つを並べています。指標が違えば起点も違うという事実そのものが、この記事でいちばん見てほしいところです。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
減少の起点として挙げられる年は、指標によって4つあります。人口推計では、2005年に前年比1万9千人の減少、2008年に総人口が最多、2011年から14年連続の減少が始まります。国勢調査では、2015年調査で前回比96万3千人(0.8%)の減少となり、1920年の調査開始以来初めて前回を下回りました。4つの年はどれも一次統計に基づく事実で、どれが正しいかを選ぶ性質のものではありません。
統計局のコラム「統計Today No.9」(2009年7月)は、2005年の減少を「人口は減少局面に入りつつある」とし、当時の推計で7万9千人減となった2008年を、人口が継続して減少する社会の始まりの年、人口減少社会「元年」と述べています。その後、2010年国勢調査の結果を基に人口推計が改定され、2012年11月の追記では26万人減となった2011年を「元年」と改めています。
この経緯は、人口推計が国勢調査のたびに改定される仕組みを示しています。本記事の数値は現行の人口推計(2020年国勢調査基準)に合わせており、コラム当時の数値とは異なります。令和7年国勢調査の確定後には2011年以降の値も改定される予定で、統計局は月報にその旨を注記しています。
統計局が公表する増減の内訳|自然増減と社会増減

増減の内訳は、統計局が自然増減と社会増減の2つに分けて公表しています。原因を説明する図ではなく、公表値をそのまま積み上げた図として見てください。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
統計局は総人口の増減を、出生児数と死亡者数の差である自然増減と、入国者数と出国者数の差である社会増減に分けて公表しています。2024年(前年10月から当年9月まで)は自然増減が89万人の減少で18年連続の減少、社会増減が34万人の増加で3年連続の増加でした。合計の55万人減が総人口の減少数です。
年別に見ると、自然増減は2006年の1千人の増加を最後に、2007年以降は毎年減少しています。社会増減は2009年の12万4千人減のあと2013年から増加が続き、2021年の3万5千人減を挟んで2022年以降は再び増加しています。自然増減の減少幅が年々広がる一方で、社会増減の増加幅も広がっているというのが、統計局の公表値が示す内訳です。
日本人人口と外国人人口の内訳も公表されています。2024年10月1日現在の日本人人口は1億2,029万6千人で、前年から89万8千人(0.74%)の減少です。総人口の減少55万人より日本人人口の減少が大きく、その差は外国人人口の増加にあたります。出生数そのものの推移は日本の出生数の推移の記事で扱っています。
社人研の将来推計|2056年に1億人を下回り、2070年は8,700万人

将来推計は、実績の線とは別の性格の系列です。社人研の公表値だけを載せ、編集部の見立ては加えていません。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
社人研の将来推計人口(令和5年推計)は、2020年国勢調査(不詳補完結果)の1億2,614万6千人を基準に、出生・死亡・国際人口移動について仮定を設けて推計したものです。出生中位・死亡中位の仮定では、2025年に1億2,326万2千人、2040年に1億1,283万7千人、2056年に9,965万人と1億人を下回り、2070年には8,700万人となります。
2070年の総人口は、出生高位で9,549万人、出生低位で8,024万人です。社人研は本推計を、現在の社会変化の趨勢が継続した場合に実現する人口と説明しています。2070年の合計特殊出生率の仮定は中位で1.36、65歳以上人口の割合は38.7%です。年齢構成の推移は日本の人口ピラミッドの記事で扱っています。
令和7年国勢調査の速報値1億2,305万人は、社人研の2025年推計値1億2,326万2千人を21万2千人下回っています(📊筆者試算:123,050−123,262=−212千人)。速報値と推計値の差が示すのは、推計が仮定に基づく値であり、実績で確認されていく性質のものだという事実です。2025年推計値から2070年推計値までの減少率は29.4%です(📊筆者試算)。
2070年の8,700万人は、過去のどの年の水準か

未来の数字は、過去の同じ大きさの数字と並べると規模がつかめます。ただし年齢構成は当時と違うので、人数の水準だけを比べた図です。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
2070年の8,700万人(86,996千人)を過去の国勢調査人口と比べると、1950年の8,412万人(84,115千人)と1955年の9,008万人(90,077千人)の間の値にあたります(📊筆者試算)。人数の水準としては、1950年代前半と同じ帯にあることになります。
ただし、これは総人口の人数だけの比較です。社人研の推計では2070年の65歳以上人口の割合は38.7%で、1950年の年齢構成とは大きく異なります。人数が同じ帯にあっても中身の構成は別物であるという点は、この比較を読むときの前提です。
年別の総人口一覧|1872〜2025年の実績と2025〜2070年の推計

本文で扱った年以外の値も、表で確認できます。実績と将来推計はタブで切り替えられ、どちらの数値もページ内に常に載せています。
次の表は、日本統計年鑑の表2-1(人口の推移)と表2-2(将来推計人口)から、年別の総人口を千人単位でまとめたものです。実績のタブは1872年から2025年まで、将来推計のタブは2025年から2070年までです。統計種別の列で、推計・国勢調査・人口推計のどれにあたるかを確認できます。
| 年 | 総人口(千人) | 統計種別 |
|---|---|---|
| 1872年 | 34,806 | 推計 |
| 1873年 | 34,985 | 推計 |
| 1874年 | 35,154 | 推計 |
| 1875年 | 35,316 | 推計 |
| 1876年 | 35,555 | 推計 |
| 1877年 | 35,870 | 推計 |
| 1878年 | 36,166 | 推計 |
| 1879年 | 36,464 | 推計 |
| 1880年 | 36,649 | 推計 |
| 1881年 | 36,965 | 推計 |
| 1882年 | 37,259 | 推計 |
| 1883年 | 37,569 | 推計 |
| 1884年 | 37,962 | 推計 |
| 1885年 | 38,313 | 推計 |
| 1886年 | 38,541 | 推計 |
| 1887年 | 38,703 | 推計 |
| 1888年 | 39,029 | 推計 |
| 1889年 | 39,473 | 推計 |
| 1890年 | 39,902 | 推計 |
| 1891年 | 40,251 | 推計 |
| 1892年 | 40,508 | 推計 |
| 1893年 | 40,860 | 推計 |
| 1894年 | 41,142 | 推計 |
| 1895年 | 41,557 | 推計 |
| 1896年 | 41,992 | 推計 |
| 1897年 | 42,400 | 推計 |
| 1898年 | 42,886 | 推計 |
| 1899年 | 43,404 | 推計 |
| 1900年 | 43,847 | 推計 |
| 1901年 | 44,359 | 推計 |
| 1902年 | 44,964 | 推計 |
| 1903年 | 45,546 | 推計 |
| 1904年 | 46,135 | 推計 |
| 1905年 | 46,620 | 推計 |
| 1906年 | 47,038 | 推計 |
| 1907年 | 47,416 | 推計 |
| 1908年 | 47,965 | 推計 |
| 1909年 | 48,554 | 推計 |
| 1910年 | 49,184 | 推計 |
| 1911年 | 49,852 | 推計 |
| 1912年 | 50,577 | 推計 |
| 1913年 | 51,305 | 推計 |
| 1914年 | 52,039 | 推計 |
| 1915年 | 52,752 | 推計 |
| 1916年 | 53,496 | 推計 |
| 1917年 | 54,134 | 推計 |
| 1918年 | 54,739 | 推計 |
| 1919年 | 55,033 | 推計 |
| 年 | 総人口(千人) | 統計種別 |
|---|---|---|
| 1920年 | 55,963 | 国勢調査 |
| 1921年 | 56,666 | 人口推計 |
| 1922年 | 57,390 | 人口推計 |
| 1923年 | 58,119 | 人口推計 |
| 1924年 | 58,876 | 人口推計 |
| 1925年 | 59,737 | 国勢調査 |
| 1926年 | 60,741 | 人口推計 |
| 1927年 | 61,659 | 人口推計 |
| 1928年 | 62,595 | 人口推計 |
| 1929年 | 63,461 | 人口推計 |
| 1930年 | 64,450 | 国勢調査 |
| 1931年 | 65,457 | 人口推計 |
| 1932年 | 66,434 | 人口推計 |
| 1933年 | 67,432 | 人口推計 |
| 1934年 | 68,309 | 人口推計 |
| 1935年 | 69,254 | 国勢調査 |
| 1936年 | 70,114 | 人口推計 |
| 1937年 | 70,630 | 人口推計 |
| 1938年 | 71,013 | 人口推計 |
| 1939年 | 71,380 | 人口推計 |
| 1940年 | 71,933 | 国勢調査 |
| 1941年 | 72,218 | 人口推計 |
| 1942年 | 72,880 | 人口推計 |
| 1943年 | 73,903 | 人口推計 |
| 1944年 | 74,433 | 人口推計 |
| 1945年 | 72,147 | 人口調査 |
| 1946年 | 75,750 | 人口推計 |
| 1947年 | 78,101 | 人口推計 |
| 1948年 | 80,002 | 人口推計 |
| 1949年 | 81,773 | 人口推計 |
| 1950年 | 84,115 | 国勢調査 |
| 1951年 | 84,541 | 人口推計 |
| 1952年 | 85,808 | 人口推計 |
| 1953年 | 86,981 | 人口推計 |
| 1954年 | 88,239 | 人口推計 |
| 1955年 | 90,077 | 国勢調査 |
| 1956年 | 90,172 | 人口推計 |
| 1957年 | 90,928 | 人口推計 |
| 1958年 | 91,767 | 人口推計 |
| 1959年 | 92,641 | 人口推計 |
| 1960年 | 94,302 | 国勢調査 |
| 1961年 | 94,287 | 人口推計 |
| 1962年 | 95,181 | 人口推計 |
| 1963年 | 96,156 | 人口推計 |
| 1964年 | 97,182 | 人口推計 |
| 1965年 | 99,209 | 国勢調査 |
| 1966年 | 99,036 | 人口推計 |
| 1967年 | 100,196 | 人口推計 |
| 1968年 | 101,331 | 人口推計 |
| 1969年 | 102,536 | 人口推計 |
| 年 | 総人口(千人) | 統計種別 |
|---|---|---|
| 1970年 | 104,665 | 国勢調査 |
| 1971年 | 106,100 | 人口推計 |
| 1972年 | 107,595 | 人口推計 |
| 1973年 | 109,104 | 人口推計 |
| 1974年 | 110,573 | 人口推計 |
| 1975年 | 111,940 | 国勢調査 |
| 1976年 | 113,094 | 人口推計 |
| 1977年 | 114,165 | 人口推計 |
| 1978年 | 115,190 | 人口推計 |
| 1979年 | 116,155 | 人口推計 |
| 1980年 | 117,060 | 国勢調査 |
| 1981年 | 117,902 | 人口推計 |
| 1982年 | 118,728 | 人口推計 |
| 1983年 | 119,536 | 人口推計 |
| 1984年 | 120,305 | 人口推計 |
| 1985年 | 121,049 | 国勢調査 |
| 1986年 | 121,660 | 人口推計 |
| 1987年 | 122,239 | 人口推計 |
| 1988年 | 122,745 | 人口推計 |
| 1989年 | 123,205 | 人口推計 |
| 1990年 | 123,611 | 国勢調査 |
| 1991年 | 124,101 | 人口推計 |
| 1992年 | 124,567 | 人口推計 |
| 1993年 | 124,938 | 人口推計 |
| 1994年 | 125,265 | 人口推計 |
| 1995年 | 125,570 | 国勢調査 |
| 1996年 | 125,859 | 人口推計 |
| 1997年 | 126,157 | 人口推計 |
| 1998年 | 126,472 | 人口推計 |
| 1999年 | 126,667 | 人口推計 |
| 2000年 | 126,926 | 国勢調査 |
| 2001年 | 127,316 | 人口推計 |
| 2002年 | 127,486 | 人口推計 |
| 2003年 | 127,694 | 人口推計 |
| 2004年 | 127,787 | 人口推計 |
| 2005年 | 127,768 | 国勢調査 |
| 2006年 | 127,901 | 人口推計 |
| 2007年 | 128,033 | 人口推計 |
| 2008年 | 128,084 | 人口推計 |
| 2009年 | 128,032 | 人口推計 |
| 2010年 | 128,057 | 国勢調査 |
| 2011年 | 127,834 | 人口推計 |
| 2012年 | 127,593 | 人口推計 |
| 2013年 | 127,414 | 人口推計 |
| 2014年 | 127,237 | 人口推計 |
| 2015年 | 127,095 | 国勢調査 |
| 2016年 | 127,042 | 人口推計 |
| 2017年 | 126,919 | 人口推計 |
| 2018年 | 126,749 | 人口推計 |
| 2019年 | 126,555 | 人口推計 |
| 2020年 | 126,146 | 国勢調査 |
| 2021年 | 125,502 | 人口推計 |
| 2022年 | 124,947 | 人口推計 |
| 2023年 | 124,352 | 人口推計 |
| 2024年 | 123,802 | 人口推計 |
| 2025年 | 123,050 | 速報値 |
| 年 | 総人口(千人) | 統計種別 |
|---|---|---|
| 2025年 | 123,262 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2026年 | 122,661 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2027年 | 122,044 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2028年 | 121,414 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2029年 | 120,771 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2030年 | 120,116 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2031年 | 119,448 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2032年 | 118,766 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2033年 | 118,071 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2034年 | 117,362 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2035年 | 116,639 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2036年 | 115,902 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2037年 | 115,152 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2038年 | 114,391 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2039年 | 113,619 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2040年 | 112,837 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2041年 | 112,045 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2042年 | 111,243 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2043年 | 110,434 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 年 | 総人口(千人) | 統計種別 |
|---|---|---|
| 2044年 | 109,620 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2045年 | 108,801 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2046年 | 107,981 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2047年 | 107,159 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2048年 | 106,336 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2049年 | 105,512 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2050年 | 104,686 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2051年 | 103,859 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2052年 | 103,029 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2053年 | 102,195 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2054年 | 101,355 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2055年 | 100,508 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2056年 | 99,654 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2057年 | 98,792 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2058年 | 97,920 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2059年 | 97,038 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2060年 | 96,148 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2065年 | 91,587 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
| 2070年 | 86,996 | 将来推計(出生中位・死亡中位) |
統計種別:「推計」=各年1月1日現在の推計人口(1872〜1919年)、「国勢調査」「人口推計」=10月1日現在、「人口調査」=1945年11月1日の人口調査に基づく補正人口、「速報値」=令和7年国勢調査 人口速報集計。将来推計は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」の出生中位・死亡中位。
※ 公式データをもとに、可視化pedia編集部が独自に集計・編集したものです。
楓のまとめ|「いつから」の答えは指標ごとにあり、系列を区別すると見えてくる

ここまでの図解を重ねると、「いつから減り始めたか」への答えが指標ごとにあること、そして系列を区別して読む必要があることが確認できます。3つの観察事実に整理してみます。
「日本の総人口はいつから減り始めたのか」という問いに対して、本記事で並べた図解は、答えが統計の種類によって異なることを示してきました。どの答えが正しいかではなく、どの統計がどの年を指しているかを観察事実として整理しておきます。
3つの観察事実を重ねると、総人口の推移は「1本の線」でありながら、明治期推計・国勢調査・人口推計・将来推計という4つの系列の継ぎ目を持っていることが分かります。「いつから減り始めたか」への答えは、どの系列のどの年を指しているかを添えて初めて意味を持ちます。統計局は令和7年国勢調査の確定値の公表後に人口推計を改定する予定で、そのときには本記事の数値も更新の対象になります。
よくある質問(FAQ)

人口の数字を読むときに迷いやすい3点をまとめました。減少の起点、総人口と日本人人口の違い、そして直近の数字の確認先です。
Q1. 結局、日本の人口はいつから減っているのですか?
指標によって答えが変わります。人口推計では2008年が最多で、2011年から2024年まで14年連続の減少です。国勢調査では2015年調査が初めての減少で、2025年調査(速報)まで3回連続で前回を下回っています。統計局のコラムは当初2008年を人口減少社会「元年」としましたが、2010年国勢調査に基づく改定後は2011年に改めています。
Q2. 総人口と日本人人口はどう違いますか?
総人口は日本に常住する日本人と外国人を合わせた人口で、国勢調査の常住人口の考え方に基づきます。日本人人口は日本国籍を持つ人の人口です。2024年10月1日現在では総人口が1億2,380万2千人(前年比55万人減)、日本人人口が1億2,029万6千人(同89万8千人減)で、統計局は両者の差を外国人人口の増加として公表しています。
Q3. いま現在の人口はいくらですか?
統計局は毎月「人口推計」の月報を公表しています。2026年9月報では、2026年4月1日現在の確定値が1億2,283万8千人(前年同月比55万9千人減)、2026年9月1日現在の概算値が1億2,265万人です。これらは2020年国勢調査を基準とする値で、統計局は令和7年国勢調査の人口等基本集計(2026年9月29日公表予定)の後に確定人口を基準とした値に更新するとしています。
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